29 狙撃手訓練
息を殺し、スコープ越しに標的を見つめる。相手はこちらに気が付いていないようだ。
息を呑んで引き金を引けば『命中』の文字が表示された。まずは5点。
『狙撃手は数発撃つごとに移動する』。その教え通り、次の狙撃地点となる場所を探す。
建物の陰から周囲をそっとうかがい、銃を抱え直して移動しようとしたその時、被弾を知らせる電子音が鳴った。
何処から撃たれた?
マーカーの位置を確認すれば左腕の後ろ側だ。急いでその方向に銃口を向けるが既に人影は無い。やられた。
まずはここから離れなければ、と注意を払いながら遮蔽物に沿って移動する。
あとはひたすら隠れて、撃って、移動してを繰り返す。点数を稼ぐ一方で自身の身体にも二つ三つとマーカーが増えていく。……もしかしたら被弾数の方が多いかもしれない。
残り時間はあと三十分ほど。俺は神経を擦り減らしながらマップを走り回った。
「うーん……」
訓練終了後、成績を確認すれば順位は全体の半分ほどだった。良いとも悪いとも言えないなんとも微妙な順位に顔を顰める。
狙撃手は合同訓練で三週連続で上位15%以内に入らないとB級に上がることができない。
三種類ある訓練のうち他二つはまあまあな成績なのだが、実戦形式で行われる捕捉&掩蔽訓練になると途端に成績が落ちてしまうのだ。
分かってはいたがB級への道のりは厳しい。結果を眺めて一人落ち込んでいると、近くのブースから佐鳥くんがやってきた。
「お疲れ様でーす!」
「佐鳥くんもお疲れ様」
「どうしたんですか?そんなに難しい顔して」
「ちょっと成績が良くなくてね……」
苦笑しながら結果を指さすと、佐鳥くんは顔を近づけた。
「背後からの被弾が多いですね。もしかして移動中に撃たれました?」
俺の身体のマーカーを眺めた佐鳥くんは、むむっ、と眉を寄せて俺の成績を分析していく。経験の差か、ただ俺の行動が単純なのか。佐鳥くんの読みは全部当たっていた。
こくりと頷けば佐鳥くんは「やっぱり」とつぶやいた。
いつの間にか他の隊員たちも集まり、俺たちの話に耳を傾けていた。
俺は支部所属のため本部の隊員と関わる機会が少ないのだが、コミュニケーション能力の高い佐鳥くんのおかげで彼と歳の近い狙撃手友達が増えつつある。
訓練後にこうして集まり、意見をもらえるためととてもありがたい。
「おれも移動中の夜坂さん見つけましたよ!」
「俺もですね」
俺たちの話を聞いていた別役くんや古寺くんがそう言えば、と口を開くと、周りからも自分もと声が上がる。
ちゃんと隠れていたと思ったのに、そんなに分かりやすかったのか。分かりやすく肩を落とした俺に、佐鳥くんは「まあまあ」と声をかけてきた。
「夜坂さんは他二つの訓練の成績が良いから、このまま続けていれば心配無いと思いますよ」
「……そうだね。もっと頑張ってみるよ」
「そうだ、今度一緒に特訓します?目指せツインスナイプ!」
「それは夜坂さん……というか殆どの人の参考にならないと思うんだけど」
「ひどい!」
半崎くんからじっと視線を向けられた佐鳥くんは、わっと声をあげて落ち込んだ。
前に一度、佐鳥くんの必殺技(らしい)『ツインスナイプ』を見せてもらったことがある。確かにあの天才的な大技は参考にならないな、と心の中で半崎くんに賛同した。きっと佐鳥くんは相当努力したのだろう。
気が付けば訓練終了から結構な時間が経っており、隊員たちは一人二人とその場を後にしていた。俺も皆に礼を言い、「よし」と気合を入れ直して射撃ブースに足を運んだ。
射撃訓練場には居残って自主訓練を行う隊員がちらほらいるものの、ブースにはまだまだ空きがある。玉狛の訓練室も中々だが、ここは比べ物にならない広さだな、とつくづく思う。この本部基地もトリオンで出来ているというのだから驚きだ。
俺もブースの一角を陣取り、パネルを操作して訓練用に設定する。
止まっている的にはまあまあ命中するようになったのだが、移動する標的への狙撃の精度がなかなか上がらない。
挑発するかのように動き回る的から外れた弾痕を見てため息をついた。
もう一度、とスコープを覗き、静かに的を見つめる。これで駄目だったら今日は引き上げよう、と考えたその時。
「――今!」
「……!?」
突然背後から声がして、思わず引き金に添えていた指に力を込めてしまった。
撃ち出された弾の行方を目で追うと、的の中心をきれいに射抜いていた。
……当たった。しかもど真ん中。
呆然としていたが、ふっと落ちた影に慌てて振り返る。見覚えのある隊服の男の子が俺を見下ろしていた。
「お邪魔してしまいすみませんでした」
男の子はぺこりとお辞儀をすると踵を返す。綺麗なお辞儀につられて俺も会釈したところではっと気が付いた。
「待って!」
去って行く腕を咄嗟に掴むと彼は立ち止まり、目をぱちぱちさせながら俺を見た。
ぎゅっと掴んでしまった腕に視線を落とし、俺は慌てて手を離す。
「ご、ごめん。痛かった?」
「いえ、何ともないですが……どうかしましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあって。えっと、荒船くん、だよね?半崎くんのところの隊長の……」
俺の問いに荒船くんは間を空けずにこくりと頷いた。
「どうして外から見てたのにタイミングが分かったの?的も動いてるのに、綺麗に撃ち抜いてる」
ほら、と穴のあいた的を指差せば、首を傾げていた荒船くんは質問の意図を理解したのか「ああ」と短い返事をした。
「夜坂さんの癖からタイミングを計ったんですよ」
「俺の癖?……狙撃の?」
「はい。今日の合同訓練の時に、夜坂さんはタイミングがワンテンポ遅いと感じました。もう少し早く撃っていれば点を獲れた場面もあったので」
つらつらと述べる荒船くんの言葉に、訓練時の状況を思い出す。
……言われてみればそうかもしれない。
狙撃手は一撃必殺。一発で当てないと、逆にこちらの居場所が割れてしまう危険性があるため外してはならない。
確かに、訓練の時も慎重になりすぎて引き金を引くのを躊躇っていた場面もあった。訓練時は射撃の音や光が無いとはいえ、上位の狙撃手ならばある程度の位置が把握できてしまうだろう。
逆に考えれば、照準は合っていたということだ。タイミングさえ気をつけていれば得点も上がるはず。
「ありがとう、自分では全然気が付かなかった。でも、どうして荒船くんは俺の癖を知ってたの?」
今度は俺が首を傾げる番だ。訓練では数多くの狙撃手が集まり、しかも俺は無名のC級隊員である。
荒船くんは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「玉狛に新入りが入って、しかも師匠がレイジさんだと聞いたからです」
「……木崎さん?」
答えが理解出来ずに頭の中が疑問符でいっぱいになる。一体木崎さんがどう関係しているのだろうか。
「夜坂さんは万能手というポジションは知っていますか?」
「うん。あ、そういえば木崎さんのポジションも万能手……えっと、完璧万能手だよね」
俺がそう言うと荒船くんはこくりと頷いた。
「俺は木崎さん以来の完璧万能手を目指してるんです。実際、俺は攻撃手でしたが、攻撃手での目標ポイントに達したので少し前に狙撃手に転向しました。今後も他のポジションをクリアし、この理論を一般化して完璧万能手を量産するのが俺の目標なんです」
「おお……すごい目標だね」
「それで、木崎さんがどのように新人を育成していくのか興味を持ったので、夜坂さんを入隊当初から見ていました」
「だから俺の癖も知ってたのか」
荒船くんの壮大な目標に驚いたが、やっと謎が解けてすっきりした。
「話し込んでしまいすみませんでした」
「ううん、俺も課題が見つかって良かったよ」
律儀に頭を下げる荒船くんに、俺は首を振る。むしろこっちがお礼を言いたいぐらいだ。
「あとは狙撃のタイミングをどうやって計るかだなぁ……」
克服すべき課題が見つかったものの、どのような訓練をすればいいのか検討がつかない。
うーん、と唸りながら訓練用の設定を見直していると、荒船くんが声が掛けられた。
「俺で良ければ、訓練に付き合いましょうか?」
「え、いいの?」
思わず声を上げれば、荒船くんは邪魔したお詫びです、と頷いた。
俺の弱点を把握している荒船くんが付き合ってくれるとは心強い。
ぐっと拳を握り、荒船くんの指導を頭に叩き込んでいく。
期限まであと二ヶ月半。