04 玉狛支部A


「こんなもんかな……」

 掃除機を片手に、今日から過ごすことになる部屋を見渡した。

 林藤さんとの話が終わった後この部屋に案内された。元からベッドや机などの簡単な家具が揃っており、生活するのに十分すぎる部屋だ。迅が言うには「しばらく使ってないから一応掃除した方がいいかも」との事だったので、掃除用具を一式貸してもらった。
 迅が手伝いを買って出てくれたが、世話になる身としてそこまでしてもらうのも悪いので、一人で掃除を始めて今に至る。

 ありがたいことに、室内は思っていたよりも綺麗だった。使ってないとは言ったものの部屋の手入れは小まめにされているようだ。
 簡単に掃除を済ませて道具を片付けているとノックが響いた。返事をすれば迅が部屋を見渡しながら入ってくる。

「夜坂、調子はどう……て、終わってるみたいだね」
「うん、ちょうど終わったところ。掃除用具ありがとう。最初に出した部屋に戻しておけばいい?」
「ああ。おれも手伝うよ」

 迅はそう言って掃除用具の入った箱を持ち上げる。礼を言うと、ついでだし気にしないでと言って笑った。どうやら夕食の準備が整ったため、俺の事を呼びに来てくれたらしい。何から何まで申し訳ない。
 換気のために開けていた窓を閉じ、掃除機とゴミ袋を手に迅の後を追いかける。
 いつの間にか日が暮れていた。


 道具を片付け、案内されるままついて行く。そういえば、朝食を食べたきり何も口にしていなかった。それどころではなくてあまり気にしてなかったが、一度思い出してしまうとなんだかお腹が空いてきた。

「あっ、ちょっと迅!」

 迅がドアを開けると部屋の奥から女の子の声が聞こえ、パタパタとこちらに近づいてきた。俺は迅の背後にいるため女の子の姿は見えてはいないが、口調から察するにどうやら怒っているらしい。

「一人分多く用意するっていう連絡、もっと早くしなさいよね」
「悪い悪い、ちょっと急用だったからな。後で一回当番変わるからさ」

 怒ってる原因、もしかしたら俺なのかもしれない。

「ていうか、誰かお客さんでもくる……」

 話の途中で迅が横にずれたため必然的に女の子と目が合うことになる。エプロン姿の女の子は、大きな目をさらに大きく見開いて、誰?と呟いた。

* * *


「……で、今日からここに住むことになったわけね」
「お世話になります」

 正面に座る先程の女の子、小南ちゃんに返事をしつつ、カレーを食べる。おいしい、と呟くと、小南ちゃんは得意げに笑った。
 
 夕食のためぞろぞろと集まってきた隊員たちに挨拶をして、俺も一緒に食卓を囲むことになった。どんな人たちなのだろうとどきどきしていたが、俺とそう年齢の変わらない人ばかりで、なんと幼児やカピバラがいた。幼児がカピバラにまたがって登場した時は思わず二度見してしまった。まさか、こんな小さい子も近界民と戦っているのだろうか。

 私用のため今ここにいない隊員も数名いるようだが、事情を説明すると皆あっさり歓迎してくれた。いろいろ心配していただけに、なんだか拍子抜けだ。

「それにしても大変でしたねー。一体どういう仕組みなんだろ」
「門の反応は無かったんだろう?」
「そうなんだよね。おれとボスでちょっと調べてみたんだけど、それっぽい記録は特に無かったし」

 宇佐美ちゃんと木崎さん、迅があれこれ原因を考えてくれているが、結局よく分からないらしい。SF的なこの世界でも前例の無いことなのか、と三人の話を聞きながらぼんやり考えた。

「ねぇ、迅。帰る方法とか、手がかりとか見えたりしないの?」
「うーん、まだなんとも言えないかな」

 小南ちゃんの言葉でひとつ疑問が浮かぶ。

「迅、よく未来がどうとか見えるとかって言ってるけど、どういうこと?」

 迅に尋ねたのだが、なぜか小南ちゃんが「えっ」と声を上げ、わたわたと騒ぎ始めた。

「もしかして言っちゃダメだった!?やだ、早く言ってよね!」
「え、何?どういうこと?」
「なんだ、まだ話してなかったのか?」

 あまりの慌てように、もしかしたら聞いたらまずい事だったのだろうかと思ったがもう遅い。
 小南ちゃんと俺、木崎さんに視線を向けられた迅は、困った顔で言葉を探していた。

「……別に隠してた訳じゃないんだけど、いっぺんに色々話したら夜坂が混乱するかなと思って。まだ話してないだけだよ」
「なんだ、そういうこと……。焦ったじゃない」

 小南ちゃんがほっと胸を撫で下ろし、他の人達も「ああ、なるほど」と納得した顔で食事を再開したが、俺だけが分からないで首を傾げている。
 そんな俺を見て、迅は「驚かないで聞いてね」と前置きをした。

「おれには、未来が見えるんだ」
「未来が、見える?」
「そう。目の前の人間の、少し先の未来が見えるんだ」

 未来が見える。
 驚きはしたが、これまでの迅の言動を思い出すとすんなり納得できた。時々視線が合わなかったのはこれだろうか。
 それ以前に、いつの間にか知らない世界にいた時点で死ぬほど驚いているので、もうなんでも来いというくらいの心構えだ。
 思ったよりも俺の反応が薄かったのか、宇佐美ちゃんは少し残念そうな面持ちだ。

「時雨さん、あんまり驚かないんですね。もっとびっくりするかと思ってたのに〜」
「驚いたけど、近界民とかボーダーとかがある世界だから、そういう不思議な力があってもおかしくないかなって」
「適応力高いわね……」

 小南ちゃんに呆れた顔をされたが、来てしまったからには仕方がない。俺はこの世界を受け入れ、玉狛でお世話になりながら地道に帰る方法を探していくしかないのだ。

「迅、俺の未来はどんな感じなの?」
「うーん……今のところ、夜坂がちゃんと帰った未来は見えてないんだ」
「そうなのか……」

 迅は見るからに落胆した俺に苦笑し、「ただ」と言葉を続けた。

「今後の行動によって未来が変わることもある。俺は確定してる未来はかなり先まで見れるけど、今のところ夜坂の未来は近い将来までしか見えてないからな。ということは、今後の夜坂の未来の中に、予知で介入できるポイントがあるってことだ」
「つまり……俺の行動次第で、帰れる未来になっていくかもしれないってことか?」
「そういうこと。ちゃんと夜坂が帰れるよう、おれたちもサポートするよ」
「だからしぐれはしんぱいするな!」
「いいからアンタはさっさと食べちゃいなさい」

 知らない世界に飛ばされて最初はどうなるかと思っていたが、玉狛の皆のおかげでなんとかなりそうな気がしてきた。



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