05 烏丸京介


 
 目が覚めたら見慣れた自室の天井だった――なんて事はなく、昨夜の就寝前と同じ、シンプルな内装の部屋のままだ。
 カーテンの隙間から溢れる日差しに目を細めながら窓を開けると、目の前には朝日を受けて輝く水面が広がっていた。
 こうやって見える景色は元の世界と変わりないのに。そう考えながら、遠くにそびえ立つボーダー本部を眺めた。

* * *


 午前中は基地内の構造やルールを説明してもらいながら家事の手伝いをして過ごし、昼食後は迅の提案で買い出しに出かけた。ボーダーの支給品だという玉狛のマークが入った服を何着か貰ったが、その他の生活に必要な衣類や日用品は何もない。しばらくこの世界にいることになるから、いろいろ揃えておいた方がいいとのことだ。
 昨日の今日で右も左も分からなかったが、迅に連れられるまま三門市内をめぐり、なんとか日用品や衣類を揃えることができた。しばらく生活に不自由は無さそうだ。

 最初は林藤さんがお金を出そうとしてくれたのだが、ここと元の世界の通貨が同じだということが判明したため自費で購入した。
 迅には「遠慮しないで素直に受け取っても良かったのに」と言われたが、居候の身でお金まで貰うのは流石に気が引ける。

 迅は俺を玉狛支部まで送り届けた後、やる事があるからと言い残してボーダー本部に向かって行った。
 迅を見送り、部屋に荷物を置いて時計を見ると時刻は午後四時過ぎ。夕食の手伝いまでまだまだ時間がある。


「おかえりしぐれ。かいだしはおわったのか?」
「ただいま、終わったよ」

 リビングのドアを開けると、カピバラの雷神丸に乗った陽太郎くんが迎えてくれた。最初に見たときは衝撃だったが、半日も過ごせば慣れたものだ。それにしても、カピバラって飼えるんだな……。もしかしたら、この世界ではペットとして普通にカピバラを飼えるのかもしれないと自分を納得させた。

 特にやる事も思いつかないので、陽太郎くんや雷神丸と一緒に遊んで過ごすことにした。特別に雷神丸のお腹を触らせてあげるというので、恐る恐る手を伸ばす。……見た目からふわふわなのかと想像していたが、意外にもゴワゴワしている。

「どうだしぐれ、らいじん丸のおなかは」
「意外な手触りだけど、結構気持ちいいね」

 俺の答えに、陽太郎くんはそうだろう、と満足げにニヤリと笑った。二人並んで雷神丸を撫で回し、初めてのカピバラの毛並みを堪能している最中、リビングのドアが開いた。

 時間的に誰か学校から帰ってきたのだろうか。顔をあげると、学ラン姿の顔立ちの整った男の子と視線がかち合った。昨日会った隊員の中にはいなかったので、私用で不在だった内の一人だろう。
 男の子は無表情を貼り付け、じっとこちらを伺っている。

「おかえりとりまる」
「ただいま。他はまだ来ていないのか?」
「うむ。とりまるがさいしょだ」

 陽太郎くんと男の子の会話が進んでいく。どうやら男の子はとりまるくんというらしい。

「えっと、とりまるくん……?」

 立ち上がって話しかけると、男の子は「とりまるです」と言って頷いた。

「昨日からここにお世話になってる、夜坂時雨です。よろしくね」
「迅さんから大体は聞いてます。大変でしたね」

 事情が事情なだけにどう説明すればいいものかと考えたが、迅の方から既に話があったようだ。幼児と一緒にカピバラを撫で回す不審者にならなくてよかった。
 それにしてもイケメンだな。髪が割ともさもさしているのだが、それも彼に似合っているから不思議だ。俺が同じ髪型にしてもこうはならないだろう。

 陽太郎くんの説明によると、とりまるくんも玉狛支部に所属する戦闘員で、昨夜はバイトのためいなかったらしい。学校とバイトとボーダーの任務を全てこなしているというのだから凄いものだ。

 あまり表情が変わらず、常に淡々とした返事が返ってくるので掴みにくいタイプなのかと思っていたが、そんな事はなく話をしてみると面白い子だった。
 陽太郎くんも交えて三人(+一匹)で話をしていると、グレーのブレザーに身を包んだ宇佐美ちゃんもやってきた。

「あ、宇佐美ちゃんおかえり」
「ただいま〜。お、とりまるくんはもう来てたんだね」
「きょうはとりまるがいちばんだったぞ」
「はい、ホームルームが早く終わったんで」
「制服が違うみたいだし、とりまるくんと宇佐美ちゃんって違う学校なの?」
「そうっすね。ちなみに小南先輩も違う学校です」
「みんなバラバラなんだよね〜」

 ところで!と宇佐美ちゃんが眼鏡を光らせながら俺の方を向いた。

「時雨さん、もうとりまるくんと仲良くなったんですね!あだ名で呼んでるし」
「え、あだ名?」

 おそるおそるとりまるくんの方を見てそう聞くと「あだ名です」と言って頷かれた。
 あだ名……。

「ご、ごめん!てっきりとりまるって苗字なのかと思ってた」

 確かに、ちょっと珍しい響きの苗字だなとは思ったが、まさかあだ名だったとは。
 宇佐美ちゃんは慌てて謝罪をする俺を眺め、「こなみタイプか」と呟いてうんうんと頷いていた。

「別に気にしてないんで、とりまるのままで大丈夫ですよ。俺も分かってて黙ってたんで」
「え」

 無表情のまま返ってきた答えに、俺の口から間抜けな声が漏れた。

「騙してすみません。烏丸京介です。改めてよろしくお願いします、時雨さん」

 なるほど、烏丸だからとりまるなのかと納得する。
 もしかして嫌な気分にさせてしまったのではと思いひやっとしたが、そんなことは無かったらしい。
 どうやらからかわれていたようだけど、仲良くなれたみたいなので良しとしよう。



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