06 三輪秀次


「しぐれ、さいふとメモは持ったか」
「ちゃんと持ったよ」

 玄関先で腕組みをする陽太郎くん。
 肩にかけたトートバッグの中に手を突っ込んで、木崎さんから預かった財布とメモを見せると、陽太郎くんはうむ、と頷いた。

「よし、おつかいにしゅっぱつだ!」

 
 時間を遡ること三十分ほど。
 今日の当番である木崎さんと夕食の準備を始めようとしたのだが、使う予定の調味料があと少しで切れそうだった。
 あいにくストックも無く、他に手の空いている隊員もいない。そこで、他の準備を木崎さんにお願いし、俺と陽太郎くんで近くのスーパーまでおつかいに行くことになったのだ。
 
 しかし、行くこと自体は構わないのだが、こちらに来て日も浅いためスーパーがどこにあるのかが分からない。聞けば迅と買い物に行った時に通った道にあったらしいが、その時は初めて歩く街並みに気を取られていて、スーパーの存在が驚くほど記憶に無かった。
 木崎さんにそう伝えたところ、「陽太郎が覚えているから大丈夫だ」と返された。頼もしい幼児である。
 

 無事にスーパーにたどり着き、目当ての調味料も見つけることができた。メモを片手に、ついでにと頼まれた食材たちをカゴに入れていると、陽太郎くんが途中にあるお菓子売り場で立ち止まる。色とりどりのパッケージに目を輝かせていた。俺も小さい頃、弟と一緒に今の陽太郎くんと同じことをしていたな、と懐かしい気持ちになる。
 ふと目の前の棚を見ると、元の世界でも見たことのあるパッケージが並んでいた。
 きのことたけのこの形のチョコ菓子。そういえば、迅が段ボール単位で常備しているお煎餅も元の世界で見たことがある気がする。
 お金や目の前のお菓子など、元の世界との共通点がいくつかあるところを見ると、迅の言っていた『こことは違う進み方をした世界』から来たという考えは間違いじゃないのかもしれない。同じデザインのお金が使われていて、同じお菓子が売られていて――近界民の侵攻があった別の世界。……考えれば考えるほど頭が痛くなりそうだ。

「それがたべたいのか?」

 お菓子を凝視したまま動かなくなった俺を見上げ、陽太郎くんが首を傾げていた。

「違うよ。俺のいた世界にも同じお菓子があったから。ついじっと見ちゃった」
「そうか……しぐれ、かえれなくてさみしいのか?」

 陽太郎くんが不安げな表情でぽつりとこぼした。しまった、心配させてしまったのか。

「ううん、陽太郎くんたちがいるから大丈夫。さみしくないよ」
「ほんとうか……?」
「本当だよ。心配させてごめんね。木崎さんが待ってるから帰ろうか」

 帰れないという不安や焦りはあるが、玉狛の皆のおかげで寂しくないのも本当だ。不安にさせないように努めて明るい声でそう言えば、陽太郎くんの表情も次第に晴れていった。

* * *


「あれ、陽太郎じゃん」

 おつかいも終わり、今度こそ道を覚えようと意気込んで歩いていると、後方から声を掛けられた。振り返ると学ランを着た男の子が二人、こちらに近づいてきている。
 陽太郎くんに話しかけたと思われるカチューシャの子と、その後ろにいる――もう一人の顔を見て、俺ははっと息を呑んだ。
 彼もちょうどこちらを向いたため視線がぶつかり、驚いた俺は思わず目を逸らしてしまった。挙動不審な俺に彼の訝しげな視線が刺さるが、気が付いていないふりをして陽太郎くんとカチューシャの子の会話に耳を傾ける。

「む、陽介。ひさしぶりだな」
「お前最近本部に来てないもんな。……それで、そっちは?見たことの無い顔だけど、玉狛の新人?」

 陽介と呼ばれたカチューシャの子がこちらに目を向ける。陽太郎くんと本部や玉狛といった会話をしているから、きっとボーダーの人だろう。

「初めまして、夜坂時雨です。家の事情で、親戚の林藤さんの所でお世話になってるんだ」
「じゃあ新しい戦闘員って訳じゃないんだな」
「そうだね。ただの居候だよ」

 そう伝えると彼は納得してくれたようだ。少し残念そうなのは何故だろうか。

 つい先日、林藤さんに「混乱を避けるために、もし外でボーダーのやつと会った場合は俺の親戚だと言っておくように」と言われていた。その際に、林藤さんとその姪である玉狛所属のゆりさんの三人で、口裏を合わせていろいろ設定を決めたのだ。
 騙しているようで心苦しいが、近界民だと疑われないようにするためにもその方が良い、と他の玉狛の人たちにも勧められたので、この世界にいる間はこの設定で通すことになった。

「……おい、陽介。先に本部に行くからな」
「あ、いけね。じゃあな、本部で会ったらその時はよろしく」

 今まで黙っていたもう一人の子が、痺れを切らしたのか足早に行ってしまった。すれ違いざまに再び目が合ったが、今回は彼の方から逸らされた。

「そうだ、オレ米屋陽介ね」

 先に行ってしまった彼を追いかけながら、米屋くんは振り返って律儀に名前を教えてくれた。
 小走りしつつ器用に後ろを向いて手を振る米屋くんに、陽太郎くんと一緒に手を振り返す。

「おれたちもかえろう……しぐれ?」
「……ああ、ごめんね。行こうか」

 俺たちも玉狛支部に向かって歩き始める。陽太郎くんと話をしながら歩いていくが、先程の彼が気になって仕方がなかった。

 世界も違うし、他人の空似だと言うこともちゃんと理解している。
 しかし、元の世界にいる、弟にそっくりな彼の顔が頭から離れなかった。



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