07 ボーダー本部


「夜坂、このあと来てもらいたい所があるんだけどいい?」

 朝食後、キッチンで食器を洗っていると、迅がドアからひょっこりと顔を覗かせて手招きをした。ちょうど片付けも終わり、タオルで手を拭きながら迅の元へと向かう。
 
「このあと?特に予定も無いから大丈夫だけど……。どこ行くの?」

 思い当たる場所も無く首を傾げると、迅は少し面倒くさそうに、ボーダー本部だよ、と答えた。

* * *


「でっか……」

 思わず言葉をこぼして、目の前にそびえる建物を見上げる。その存在感に圧倒されていると、隣にいる迅が俺を見てニヤニヤしていた。相当間抜けな顔になっていたのだろう、俺は慌てて気を引き締めた。


 林藤さんの運転する車に揺られること数十分、毎日窓から眺めていたボーダー本部に到着した。
 迅が言うには、ボーダーの最高司令官――つまりボーダーで一番偉い人が直々に俺のことを呼び出したらしい。

 林藤さんは車を置いたあと先に行ってしまったため、迅と並んで本部の廊下を進んでいく。あまり人通りのないフロアなのか、外観と同じく無機質な廊下は他の人の気配も無く、二人分の足音だけがこつこつと響いていた。
 角を曲がってもエレベーターに乗っても同じような風景の連続で、よく迷わずに歩けるなと感心した。
 一人じゃ帰れないだろうなと考えていると、迅が会議室のプレートが付いた部屋の前で立ち止まる。

「ここに司令たちが待ってるんだけど……大丈夫か?」
「大丈夫……」
「そんなに緊張しなくても、おれも支部長もいるから。ちょっと面倒くさい事になるかもしれないけど、ちゃんとフォローするよ」

 迅は苦笑しながら、緊張で固まる俺の肩を軽く叩いた。

「失礼します、夜坂時雨を連れてきました」
「失礼します……」

 迅の後に続いて部屋に入ると、視線が俺に集まった。薄暗い室内には予想以上に人がいる。
 かっちりとしたスーツ姿の大人たちに混ざり、俺よりも年下だろう男の子が二人、こちらに顔を向けて座っている。重苦しい空気の中、何かを探るように冷静にこちらを見つめる表情が、肝が据わっているというか、なんだか歳不相応に思えた。

 あちらこちらから突き刺さる、俺を観察するかのような視線に居心地の悪さを感じていたが、ひらひらと手を振る林藤さんを見つけて少し肩の力が抜けた。

 林藤さんに会釈し、勧められた席に座る。一つ息を吐いて顔を上げると、部屋の一番奥、ちょうど俺の正面に座る男性と目が合う。顔の左側に大きな傷痕のある、少し怖い顔の男性。おそらくこの人が、迅の言っていた俺を呼び出したというボーダーの一番偉い人だ。

「林藤支部長と迅から話は聞いている。ボーダー本部司令の城戸だ」
「初めまして、夜坂時雨です」

 挨拶をしてぺこりと頭を下げる。
 暫しの沈黙の後、城戸さんが口を開いた。

「いくつか質問に答えてもらいたい。君がこちらに来たのは、今週の月曜の事で間違いないね?」
「はい。間違いないです」

 こちらに来た最初の日のことを、記憶から掘り起こしていく。

「こちらに来る前、何か予兆は?」
「予兆は無かったと思います」
「君のいた世界とこちらの世界の違いは?」
「違いは……近界民の存在が一番大きな違いです。近界民による侵攻も無く、俺の知る限りではボーダーという組織もありませんでした。その他に、地名やその他の名称など、細かい部分で違う所がいくつかあります。今分かる範囲だとこのくらいです」

 淡々と質問が並べられ、以前ドラマで見た取り調べのシーンを思い出した。
 途中で、城戸さんは何か考えているのか、俺を見据えたまま黙ってしまった。
 最初はどうなるかと思っていたが、すんなり受け答えができていている自分に驚いた。
 ちらりと隣に座る迅を見やると、迅も視線だけ俺の方へ向け、少し微笑んで頷いた。

「夜坂時雨」
「っ、はい」

 名前を呼ばれ、肩が跳ねる。

「君が別の世界から来たという事に関しては、信じられない事だが、我々は疑ってはいない。弓手町駅周辺の監視カメラの映像を検証した結果、君が駅から出てくる姿は残されていたが、入っていく姿は確認できなかった」

 ……最初から俺の言ったことを信用してくれている、ということなのだろうか。
 直接、事実確認をするだけなのかなと考えたところで、城戸さんが「だが」と口を開いた。

「玉狛が出した『夜坂時雨は近界民では無い』という結論に関しては、我々は同意しかねる」
「……それはつまり、俺が近界民かもしれない、と言いたいんですか?」
「近界民とも友好的な関係を築こうとする玉狛支部の提示してきた情報だ。万が一ということもある」

 城戸さんが机上の資料を、指でとんと示す。あれはきっと、玉狛の皆がまとめた文書だ。ここ数日、迅や林藤さんたちが夜遅くまで何か作業をしているのを知っていた。
 つい立ち上がってしまいそうになったが、迅が机の下で俺の服の裾を引っ張った。はっとして迅を見ると、声には出さず、ぱくぱくと口を動かして「大丈夫」と伝えてきた。

「城戸司令。その情報に関して、おれ達は事実しか述べていません。事実をもとに、おれ達は夜坂は近界民では無いと結論付けました。それに、門の反応が無かったのは鬼怒田さんたちも調査済みでしょ」
「確かに反応は無かった。しかし、我々のレーダーに感知しない、未知のトリガーや門の可能性も捨てきれんわい」

 迅に鬼怒田さんと呼ばれた男性が、腕を組み高圧的な態度で答える。
 その後も俺の分からない単語が飛び交う討論が続いていく。
 俺のせいで、組織内の雰囲気が悪くなってしまわないだろうか。玉狛のみんなの立場が悪くなってしまわないだろうか。
 そんなことを考えながら、冷えた指先をぎゅっと握りしめ、半分も理解できない話を聞いていた。



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