土方の憂鬱2

「いいかい碧、まず相手の嗜好を把握し餌をまく」
「はい」
「次に相手を誘い出さなきゃならねぇ」
「はい」

植木の影に身を潜め、沖田は囁くように話す。

「やってみなせぇ」

そう言われ碧は小石を障子に向かって投げた。見事に木枠部分へコツンと音を立ててヒットする。

「やるじゃねぇかィ」
「ありがとうございます」

少しして、パァンと激しく音をたてて障子が開かれた。
男は鬼のような形相をして周囲を見回している。そして足元に落ちているあるものに気付く。

「誰だ、こんな扱いしやがって・・・傷んじまうだろうが」

男が足元のマヨネーズを拾い上げようとしたその時。
沖田はどこからか取り出して来たバズーカを放った。

「死ねぇ土方ァ!」

激しい爆音を立てて障子が吹っ飛んだ。

「あ、障子が・・・」

碧が悲し気に言う。後々障子の張替えをしなくてもいいよう、小石を投げた際木枠に当てたのだが無駄だったようだ。

「総悟てめぇええ」
「チッ、仕留め損なったぜィ」
「上等だコラァ!」

もくもくと立ち上る煙の中から土方が現れる。
植え込みの中に立っている沖田と、その隣の碧が目に留まり、土方は少々面食らった顔をした。

「おい、黒木に変なこと教えるんじゃねぇ!」
「嫌だなぁ、隠密行動の訓練をしてただけでさァ。なぁ、碧」
「はい。沖田さんに指導いただいてました。土方さんもお付き合いありがとうございます。いい勉強になります!」
「いや、コイツはただ副長の座を狙ってるだけだから」
「そんな人聞きの悪い。はーあ、どさくさに紛れて土方死なねぇかなァ」
「ほらね!ほらね!!」




昼下がり、真選組屯所の庭で碧は新聞紙を広げペタペタと糊を混ぜていた。今朝方沖田が吹き飛ばした土方の仕事部屋の障子張り替え用だ。新聞紙が敷かれた上に二枚の木枠が並んでいる。

「沖田さん、また土方さんに怒られますよ」

碧は気の抜けた声で縁側に寝転がっている沖田に声をかけた。

「細かい作業は碧が向いてらぁ」
「沖田さんが吹き飛ばしたんでしょう」

言いながら丁寧に木枠に糊をつけていく。沖田の言う通りこういった作業は嫌いではない。糊のついた所から陽の光に反射しキラキラと輝く様は、碧の目を楽しませる。

「沖田さん、ちょっとこっち持ってもらっていいですか?」
「仕方ねぇなぁ」

沖田に紙の端を持ってもらい丸く巻かれた障子紙を木枠に合わせゆっくりと広げていく。

「しわしわですぜぃ」
「乾いたらちゃんと張りますよ」

へぇと感心したように呟き、沖田は碧の横顔を眺めた。

「二人して仲良く障子替えか?精が出るな」
「あ、近藤さん」

外から戻り、部屋へ戻ろうとしていた近藤は、庭にかがみこんでいる二人の姿に足を止めた。おかえりなさい、と顔を綻ばせる碧に近藤も思わず頬が緩んでしまう。腕まくりをした白いシャツがまぶしい。

「おう、ただいま。総悟、めずらしく真面目にやってんじゃねぇか」
「めずらしくとは失礼ですねぃ」

近藤は手に持っていた袋をがさがさと探り個包装された饅頭を二つ取り出す。

「きり良くなったら食ってくれ」
「あ、ありがとうございます」

饅頭を縁側へ置き、近藤は自室へ戻っていった。

「やったぁ、碧休憩しようぜぃ」
「さっきまで休憩してたでしょう」





庭に面した通路を抜けると、壁に背をつき紫煙をくゆらせる姿がひとつ。

「おう、トシも饅頭食うか?」

近藤の毒気ない笑みに土方は溜息をついた。

「近藤さん、あんまりあいつらを甘やかすんじゃねぇよ」
「ん?真面目に仕事してたぞ」
「俺の部屋の障子直させてんだよ。吹き飛ばしたのはあいつらだ」
「碧もか」

珍しいと、近藤が驚いたように目を見開く。

「まぁいいじゃねぇかトシ。碧はちょっと真面目すぎるとこがあるからな」
「近藤さん・・・」
「それに仲良くやってるようだし、総悟が後輩の面倒見るなんて、微笑ましいじゃねぇか」
「じじくせぇな」
「じ、じじぃっていうな!せめてお父さんと言え!」

その言葉に土方はまたひとつ溜息をついた。