ごほうび

柔らかな長い黒髪、紅のひかれた艶やかな唇、誰しもが足を止めてしまうような美しい娘だ。
人のいない夜道、不穏な影が彼女に迫っていた。
背後からそっと手が伸びてきたかと思うと娘は叫び声を上げる間もなく口元を押さえられ裏路地に引き込まれた。



入り組んだ道を引きずられるように歩き辿りついた港が近い倉庫のようだった。
娘は後ろで手を縛られている。箱に布が被されていてすすり泣くような声が彼女の耳に届く。どうやら他にも攫われここに連れて来られた女の子が居るらしい。

「売っちまうのはもったいねぇほど別嬪だな」
「傷付けんなよ。大事な商品だ」

汚く笑う男たちの声。

「これでノルマも終わりだ。最後に遊んどいてもばちは当たらねぇ」

その言葉に娘は口元を緩め綺麗にほほ笑んだ。

「奇遇ですねえ、私もこれでノルマ終わりなんです」
「あぁ?」

男は何を言っているのかわからないというような顔で娘を見る。
その時、後ろで倉庫のドアが大きな音を立てて開かれた。

「真選組だ!御用改めである!」

それを合図に黒服の男たちが一斉になだれ込んできた。

「て、てめぇ!真選組の・・・!」
「えぇ、案内ご苦労さまでした。縛り方が甘いですよ」

娘は自由になった手でかんざしを引き抜き男の目を突き刺した。




そこから事態の収束は早かった。男たちは真選組によって取り押さえられ、捕まっていた娘たちは無事解放された。

「碧!平気か」
「ええ、怪我ひとつありません」

駆け寄ってきた近藤に碧はにこりとほほ笑んだ。
彼女は主に山崎と同じく監察、おとり捜査といった任を受けることが多い。
今回は人身売買を行う不逞浪士の確保と人さらいにあった娘の居場所特定のためのおとり任務だった。ここ数日間、ターゲットが狙いを定めやすいよう人通りの少ない時間、決まった場所を町娘として通っていた。

「あ、かんざし返してもらわないと」

そう言って碧は連行される男に駆け寄り肩を叩く。
振り向いた男の目からかんざしをズブリと引き抜いた。

「うおぁあああああ」

男は右目を押さえながらうずくまる。
痛ぇ痛ぇと喚く男をよそに隊員は早く来い、とパトカーへ引きずっていった。

「それ使うんですかぃ?」

ハンカチで血を拭う碧に、沖田が少し呆れたように聞いてきた。

「小道具にもお金が嵩むんですよ。まだ使えますから」
「経費で請求すりゃぁいいのに」
「女の装飾品を買うのに、経費なんてでないでしょう」
「ケチだなぁ土方さんは。死ねよ」
「おい、聞こえたぞ、死ねよつったろお前」

不機嫌そうな土方がつかつかと近づいてくる。

「土方さん!お疲れ様です」
「おう、ご苦労だったな」

その言葉に碧は嬉しそうに頬を緩める。

「地獄耳が。死ねよ」
「おいまた言ったろおぉぉ!!斬るぞコラァ!」

そんないつもの二人の様子を碧はニコニコと見守った。
近藤も無事任務が終わり気を抜いた表情で碧の横にたつ。

「数日かかりっきりで疲れただろ。後始末はこっちでやるから碧は先に屯所に戻るといい」
「いえ、女の子たちを送っていきます、車を一台お借りしてもいいですか?」
「だが・・・」
「大丈夫ですよ、皆が早く来てくれたので。それに彼女たちも、車中女性の方が心が休まるでしょうし」
「そうか?じゃあ、悪いがよろしくな」

碧は近藤に一礼してその場を後にした。
他の捕虜にされていた娘に声をかける。涙を流す娘の背中を撫でながら車へと向かった。

「やっぱり気のまわる子が居ると助かるな!なぁトシ」
「・・・あぁ」
「今回はよく働いてくれたんだ。かんざしくらい買ってやったらどうだ、だいぶ錆びついてたようだし」
「馬鹿言うんじゃねぇ。仕事こなすのは当たり前だ。やりたきゃ近藤さんがやりゃぁいい」
「俺ァ、そういうのわかんないし。トシの方が一緒に居るんだから碧の趣味もわかるだろ」
「あぁ?知るかんなもん」
「そうですよ、近藤さん。この人がまともな趣味のもん選べるわけないでしょう。変なもんやって箪笥の奥に眠るのがおちでさァ」
「なんだとテメェ、舐めてんじゃねぇぞ!俺だってなあ!」
「俺だって?なんですかィ?」
「・・・ったく、なんでもねぇ」








おとり捜査のために屯所を離れていた碧にとっては、数日間袖を通すことの無かった隊服も少し懐かしく感じられる。
碧は事件の報告書を持って土方の部屋へ向かった。
部屋の前で声をかけると、「入れ」といつも通りのぶっきらぼうな調子で土方が答える。

「失礼します、報告書持ってきました」
「おう」

障子を静かに滑らし、部屋へ入ってきた碧は黒い隊服、白い髪を後ろで結った、いつもの姿だ。紅も引いておらず捜査時の姿とはまるで別人だが、整った顔立ちにその面影を見ることができる。

「早いな」
「昨日のうちに書き終わりましたので」

まだ午前のうちに持ってくるとは思っていなかったらしく、土方はぼそりと言った。

「昨日休みだったろ。ちゃんと休めよ」
「お気遣いありがとうございます」

毒気の無い笑顔に少々調子を狂わせられる。
土方は報告書を受け取り、軽く目を通す。

「あぁ、確かに受け取った」
「はい、では失礼します」
「あ、おい」

土方の声に制止され、碧は上げようとしていた腰を再び戻した。
なんでしょう、と不思議そうに首を傾げる碧に、土方は少し言葉を詰まらせた後頭をかいた。

「その、なんだ。お前が言った通り個人の仕事道具に経費は出せねぇ、が」

そう言って差し出されたものに、碧は目を丸くした。
小ぶりな装飾だが丁寧に細工がされた金物のかんざし。なかなか受け取らない碧に土方は少々声を荒げて言った。

「近藤さんがだな!今回はよく働いた褒美に代わりのもんでもやれと・・・」
「土方さんが選んでくれたんですか?」
「・・・気に入らねぇなら店行って別のもんと変えて来い」
「いえ!大事にします!ありがとうございます!」

バツが悪そうに頬を掻く土方に碧は満面の笑みで答えた。

「勿体なくて使えませんね」
「勘違いすんじゃねぇ、仕事道具だ。使わねぇなら」
「いえ!!使います!ありがたく使わせていただきます!」

心底嬉しそうな声。
煙草を指に挟み火をつけながら、土方は少し緩んだ口元を隠した。