土方の憂鬱

「失礼します」

入ってくるとき、黒木は必ず声をかけて襖を開ける。

「おい、どんだけ長ぇ休憩だ。さっさと残りの書類片せ」
「すみません、そろそろ切れる頃かと思って」

そう言って、そっと机の上に置かれたのは俺がいつも吸っている銘柄の煙草。
懐にある箱をふると、軽い音が鳴る。残り二三本というところか。

「おぉ・・・悪いな」
「いえ。でもお体には気をつけてくださいね」

そう言って黒木は斜め前の机に戻った。
黒木 碧。真選組唯一の女性隊士。
ある時、松平のとっつぁんの紹介で入隊試験を受けに来た。もちろん使えなければ入隊を断るつもりで居たが、あろうことかこいつはうちの隊士たちに引けを取らないほど腕が立った。所属部隊を割り当てる際、近藤さんが「強いが・・・女の子だしなぁ」と決めかねて、とりあえず様子見で監察方として俺の下につけた。沖田が一番隊でもやっていけると進言はしたものの、近藤さんが渋り、結局他の隊に移すこともなく今の位置で定着している。
黒木は要領がよく、腕っぷしばかりの隊士たちとは違って書類に関しても卒なくこなす。こうして俺の仕事部屋に机を広げ手伝う姿も見慣れたものになっていた。

「土方さん、こっちの報告書終わりました」
「あぁ、次はこれを頼む」
「はい」

出来る部下ではあるのだが。
突然、外から飛んできた黒い何かが床を転がった。黒木は素早く立ち上がってそれを掴み、宙へ投げた。
轟く爆音。火花を散らしきらきらと破片のようなものが飛散する。
黒木はふっと息をつき、腰の刀に手を置いた。

「ッチ仕留め損なったか」

庭の植え込みの陰から見慣れた栗色の頭が姿を現す。

「おい総悟てめ「曲者が」
「あ、やべ」

切りかかってきた黒木の姿に総悟は気だるそうに呟いた。後ろで一つに結われた白く長い髪が 黒木の動きに合わせ、ふわりとなびく。
素早く刀を抜き総悟は刀を受け止める。ぎちぎちと軽く火花が散った。

「碧も居たんですかい。俺ですよ俺」
「あ、沖田さんだったんですか。これは失礼しました」
「そいつが俺の首狙ってんのは間違いねぇけどな」

二人は互いに刀を収めた。

「ったく、てめぇは。上に出す書類が燃えちまったらどうしてくれる」
「そんときゃ、あんたがお叱り受けるだけでさァ」
「あぁ?斬るぞテメェ」
「あとは俺に副長の座譲れば、万事解決」
「何も解決してねぇから!!」
「それならここで首飛ばしときやすかィ?」

そう言ってどこからかバズーカを取り出してくる総悟。黒木はその様子を先ほどとは打って変わってニコニコと見守っていた。以前はすぐさま総悟を止めようとしていたものだが、コイツが「土方さんは体を張って、俺たち隊士を鍛えてんでさァ」なんて言うから、その言葉を間に受け「さすがです、土方さん!」とそれ以来あまり手を出して来なくなった。素直すぎるところがたまに傷だ。

「おい黒木止めろぉぉお!こいつ止めろおおお」
「ははは、いつものことじゃないですか」
「黒木!!」

叫ぶと、黒木は「はいはい」と言いながら沖田のバズーカを掴み銃口を俺から逸らす。
が、その反動で沖田の指にかかっていた引き金が引かれる。

「「あ」」

爆音を立てて、部屋の障子が吹っ飛んだ。

「す、すみません・・・!土方さん」
「あーあ、碧が引っ張るから」

先ほどまで整理し綺麗に積み上げられていた書類がひらひらと宙を舞う。青ざめている黒木と、変わらず飄々とした総悟の顔が俺を見る。バズーカが発射されたのは意図のない事故だ、というのは理解してやるが。

「さっさと片付けろぉぉおお」

やり場の無い苛立ちをぶつけるように叫んだ。