一夜の

胸にさらしを巻き、男物の着物を着流す。前髪を軽くかき上げた黒木 碧はにこりと笑う。頬を紅く染めた女の酌を受けながら、少々苦い顔をしている男の視線も受け取った。
今日は別段任務で来ているわけではない。
ことの始まりは夕刻のこと。




「ね、碧ちゃんお願い。トシが書類で手が離せないっていうから。今日だけでいいからァ!」
「はぁ、わかりました」

近藤が珍しく両手を合わせて頭を下げるている。聞くところによると近藤の想い人がキャバクラで働いていて、いつもは土方に付き合ってもらうのだが今日は無理だと断られたらしい。碧は土方の書類の手伝いをよくしているが、今日は声を掛けられていない。おそらく副長でなければ処理できないものなのだろうと、近藤の申し出を二つ返事で了承した。
山崎は任務に出てるし、総悟はドSだし、常識ある碧ちゃんにお願いしたいと宣いながら女をキャバクラに誘う自分の常識を見つめなおした方がいいのでは無いだろうか、ということは口には出さないでおいた。
訪れる場所が場所なだけにこのままではいくまい、と変装を施したのだが失敗だったであろうかと碧は思う。

「黒木君、初めて見る顔ねぇ」
「黒木君も真選組さん?」
「えぇ。近藤さんがたまには息抜きも必要だと連れてきてくれたんです」
「そうだったの」
「こんな綺麗な人たちばかりの店が行きつけだなんて、近藤さんはさすがだなぁ」

なんとか興味の矛先を近藤へ向けようと碧は努力する。

「もう、口がうまいのね!」
「黒木くんの行きつけにしてくれてもいいのよ!」
「一人で来てもお姉さんたち待ってるから!」
「嬉しいなぁ、ははは・・・」

碧は少し困った顔で笑った。
男にしては小柄で細身だが、整った顔立ちと柔らかな物腰。彼女たちからすると、女心をくすぐるというか放っておけないタイプらしい。
一体近藤さんの想い人とはどの子だろうかと碧が少々気まずさを感じていると奥から髪を一つに結い上げ、朗らかな笑みを浮かべた女性が出てきた。

「お待たせしました」
「お妙さん!」

パァっと嬉しそうな顔をする近藤を見て、なるほどこの人か、と得心する。お妙さんと呼ばれた女性は軽く会釈して近藤の隣に座った。指名した彼女が来たので数人の女性は渋々といった様子で席を離れる。

「今日は土方さんと一緒じゃないんですね」
「あぁ、はい。黒木です」
「はじめまして」

近藤に紹介され 碧は頭を下げた。

「上司のお付き合いも大変ですね」
「いえ、近藤さんが気を使って誘ってくれたんですよ。ありがたい限りです」
「まぁ、近藤さんは面倒見がいいんですねぇ」
「いやぁ、隊士ひとりひとりに気を配るのも局長の務めですよ」

でれでれと頭を掻く近藤に、お妙は慣れた手つきでグラスにお酒を注いだ。淑やかで綺麗な方だな、と思う。

「隊士はみんな近藤さんを慕っています。優しい方ですよ」
「そうなんですか」
「ははは、黒木は隊の中でも細っこいからなァ!今日はたらふく食って帰るんだぞ!」
「あら、太っ腹。さすが局長さん」

うふふ、と笑い、お妙は適当にお刺身や唐揚げを注文した。





屯所に戻ったのは夜が更けた頃だった。
碧はくらくらする頭を無理やり上げ、苦しくなった胸のさらしを緩めながら壁づたいに部屋へ戻る。近藤がお妙さんと楽しそうに話し、他の女性を相手にしているまではよかったが、上機嫌に近藤までもが酒を進めてくるので、自分でも思った以上に飲みすぎていたらしい。
襖を開け、 碧はどさりと布団の上に倒れた。その瞬間、男の声が上がる。

「おわぁあ!何してんだてめぇ!」
「ん、ぁ・・・土方さん」
「黒木!?」

倒れてきた碧をそのままに、ばくばくと鳴る心臓を落ち着けながら土方はごそごそと布団から起き出る。その反動で碧はころりと仰向けに転がった。
少し荒い呼吸を繰り返す吐息の中に酒の匂いが混じる。

「近藤さんか・・・」

任務でもないのに男物の着物を着ている碧に土方はなんとなく状況を察する。それにしても、俺の代わりに黒木を連れていくとは、と思わずため息が出た。

「おい、寝るなら隣の部屋いけ」
「う・・・ん」

碧の部屋は土方の隣にあった。平隊員とは言え、大部屋に放り込む訳にはいかないと空き部屋をあてがってくれていた。
肩をゆすって見たが起きあがる様子は無い。
しばらく眺めて、土方はもう一度息をつき碧を抱き上げた。
襖を開け、隣の部屋へ向かう。

「ったく、軽ぃな・・・ちゃんと飯食ってのか」
「は、い・・」

碧の顔を見ると、目は閉じたままだ。夢見心地で答えたらしい。
一瞬 碧の部屋へ入るのを躊躇ったが、頭を振るい襖を開けた。
綺麗に片付いたこざっぱりした部屋だ。 碧を下ろし、押し入れから布団を引っ張り出してくる。 彼女を布団の上に移すと、小さく呻き寝返りをうつ。

「ん・・・土方さ、」

はだけた着物、緩んださらしから白い胸元がのぞく。
土方はさっと顔を背け、 碧に投げるように掛布団をかけるとそそくさと部屋を出る。



「はぁ・・・しょうがねぇなァ」

土方は覚めた目をごまかすように煙草に火をつけた。