あくまで(後)

「まぁまぁ、トシ、許してやれよ」
「そうでさァ。碧も悪気があったわけじゃねぇ」
「総悟テメェ」

碧が見廻りに出て数時間、落ち着いて来ていた神経に、またピリリと刺激が走る。

「心が狭いですぜィ土方さん」
「上等だコラァ!刀抜けえええ」
「トシ!総悟!やめなさい!ここで抜刀しないで!」

近藤はなんとか土方を落ち着かせようと、肩を押さえ座るよう促す。

「だいたい総悟も手ぇ貸してんじゃねぇよ」
「ここ最近、夜遅くまで明かりがついてたんでねィ。先輩として気を回してやっただけでさァ」
「完全に悪意こもってたよ!お前の手紙!」

土方の不機嫌そうな溜息に、近藤は苦笑をもらす。
開かれた談話室の障子。空はもう日が沈みかけ、橙色に染まっていた。

「それにしても遅ぇなぁ。」
「帰って来なかったらどうしやす?」
「んなもん切腹だ。ちょっと怒鳴ったくらいで家出するようなガキはいらねぇ」
「・・・鈍いですねィ、土方さんも」
「あぁ?」
「てめぇを好いてる奴に、恋文の返事を書かせるなんざ酷なことさせまさァ」
「え!そうだったの!?」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ」

予期せぬ言葉に土方は煙草を咥え、隠しきれぬ動揺を抑えながらカチカチとライターを鳴らす。
ようやく火のついた煙草を吸い、ふっと紫煙を吐き出す。

「な、なんだそれ。黒木が言ったのか」
「言うようなやつじゃねぇでしょう。碧は。でも周りから見てりゃぁ丸わかりだ」

なぁ近藤さん、と話を振ると近藤はぎこちなく頷いた。

「あーあ、碧泣きそうな顔してたなァ」

無言のまま土方は煙草を吸う。
灰が一気に長くなる。
責めるような視線を送り続けてくる沖田にしびれを切らし、土方は腰をあげた。

「煙草が切れた。買いに行ってくる」

そう言い残して部屋から出ていく。近藤は小声で沖田に言った。

「ねえ、碧はトシのこと好きだったの」
「さァ、どうでしょうねィ。でも、あぁでも言わねえと迎えに行かねぇでしょう。それにどっちかっていうと、犬みてぇなもんですね、ありゃぁ」






屯所の門へ向かう土方が目に留まり、山崎はミントンのラケットを振るう手を止めた。

「土方さん、お出かけですか?」
「・・・煙草買いに行くだけだ」
「碧ちゃんなら多分万事屋さんのところですよ」
「あぁ!?なんでんなとこに」
「ほら、神楽ちゃんと仲いいですし」
「・・・ってか煙草買いに行くだけだから!聞いてねぇから!」
「わ、わかりました。すみません」

山崎は少し顔を引きつらせながら土方と距離をとる。
いつもならラケットを片手に持っていると切腹だと言いながら追いかけられるのだが、今日はそそくさと屯所を出ていく土方の背中を安堵の表情で見送った。

よりにもよって万事屋なんかに、と思う。それに加え沖田の言った言葉が頭の中で反芻される。今までの黒木の言動は、ただ上司を慕う部下のようなものの類では無かったのか。珍しくよく懐かれたものだとは思っていたが。
ぐるぐると駆け巡る思考を振り払うように土方は頭をぐしゃぐしゃとかいた。






ピンポーンとチャイムが鳴り、新八は玄関に小走りで向かった。
見覚えのあるシルエット。ドアを開けると土方がバツの悪そうな面持ちで立っていた。

「土方さんじゃないですか」
「あぁ、すまねぇが、うちの黒木が邪魔してねぇか」
「来てますよ。碧さーん、お迎えですよ」

部屋の奥へ呼びかける新八の声に思わずドキリと胸が鳴ったが土方は平静を装って、奥に目を向ける。そしておずおずと部屋から出てきた姿に今度こそ、動揺を隠せずにはいられなかった。

「土方さん・・・」

赤く泣き腫らした目元。それを隠すように俯く碧。
日頃、男所帯でも憶することなく、土方の機嫌が悪くたまに怒鳴ることがあっても「すみません」と一言謝ってその後は飄々と過ごしている碧の泣き顔を見るのは初めてだった。

「土方さん、すみませんでした・・・土方さんの後の苦労も考えず、余計なことをしました」
「・・・もういい、仕事中にあぶらうってんじゃねぇ。帰るぞ」

それだけ言って、出ていこうとする土方を銀時が制する。

「おい、大串くんよぉ。」
「あぁ?」
「痴話喧嘩に口出したかねぇけどよぉ。あんま泣かすんじゃねぇよ」
「銀ちゃん!」

碧の口から親し気に呼ばれた名前に、土方はまた虫の居所が悪くなる。舌打ちして、万事屋を後にする。

「あ、土方さん・・・!皆ありがとう、お邪魔しました」
「碧ちゃん、あいつに何かされたらいつでも来るアル!私がぶっ飛ばしてやるネ」
「あぁ、転職活動なら手伝ってやるぜ」

碧は困ったような、でも嬉しそうな笑みを残し、土方を追って万事屋を出て行った。

「・・・愚痴聞き料貰い忘れたな」






二人は夕暮れの中、屯所に向かって歩いていた。いつもは隣を歩くのに、今日は少し後ろを土方の背を追うようについていく碧。碧と同じような色のもじゃもじゃの髪や、沖田の言葉がまだ土方の頭の中では渦巻いていた。

「すみませんでした、副長、あの、お手を煩わせました」
「おい・・・、万事屋とどういう関係だ」
「え、うーん・・・友人、ですかねぇ」
「ガキの方じゃねぇ、もじゃもじゃ頭の方だ」
「銀ちゃんですか?銀ちゃんも、友人ですかねぇ」

顔合わせたら、世間話をするような関係です、と碧は続けた。質問の意図を読み取れず、歯切れの悪い答え方をする碧に土方は思い切ったように口を開く。

「あいつが好きか?」
「え?はい、好きです。いいお兄さんのような感じです」
「・・・そうか」
「土方さん?」

碧は窺うように名前を呼んだ。土方が怒鳴ることはあっても、あまり尾をひくタイプではない。彼が怒っているのは仕事中に万事屋へ立ち寄ったことか、口ごたえしたことか、手紙の件なのか、改めて考えると思い当たるふしが多く、碧は後悔の波に襲われる。
片や土方は、碧の本心がいまいち掴めず再び口を噤んでしまった。

「ごめんなさい、すみませんでした」

ぽつりと呟くように謝ると、前を歩く土方の溜息が聞こえてくる。

「何がだ」
「仕事中に寄り道をしたことと」
「あぁ」
「手紙の件で、ご迷惑をかけたことと」
「あぁ」
「それで、失礼な言い方を、」
「・・・悪かったな」
「え」

突然謝られ、碧は困ったように顔をあげる。

「手紙の件は、その。お前の気も知らず、言い過ぎた」
「それは私が余計なことをしたからです。でも、次は土方さんの代わりでなく、私の名前で、一報入れさせて頂くことはできないでしょうか、せめて」
「黒木はそれで、辛くねぇのか」
「え?」
「・・・総悟が言ってた。その、お前が俺を」
「私が土方さんを?」

土方につられ碧は足を止める。中々続きが出てこない。夕日のせいだろうか、土方の耳が赤くなっている気がした。

「っ・・・なんでもねぇ、好きにしろ。ただ他の奴には頼むんじゃねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「あと泣くんじゃねぇ、てめぇは真選組隊士だろ。泣きっ面なんぞ見せるな・・・調子が狂う」
「はいっ!」

碧は満面の笑みを見せた。嬉しそうに隣に並び歩き始める。それを見て土方はこれ以上聞こうとするのをやめた。こいつが表に出さないなら、それはそれでいい。変わらず、笑っているのなら、それでいいと思った。







後日、屯所内、庭に面する廊下の曲がり角の先、沖田と碧の話声が聞こえ思わず土方は身を隠した。

「そういや、碧って万事屋の旦那が好きなんですかィ?」
「いや、そういうんじゃないですよ。この前退くんにもそういう話されましたよ」
「へぇ、そうかい。俺ァてっきりそうじゃねぇかと思ってたんですがねィ」
「退くんにも言いましたけど、別に今はそういう相手はいないですよ」
「ふぅん、つまんねぇな」
「人のことおもちゃにしようとしないでくださいよ。そういう相手できても絶対沖田さんには言いません」

土方はあの時の沖田の言葉がはったりだったと気付きふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「ですってよ。よかったですねィ、勘違い野郎」

聞こえた嘲笑を含む沖田の声に頭の中で何かがプツンと切れた。

「総悟テメェエエエ!斬る!!」
「おっと逃げろィ」

今日も変わらず賑やかだ。惚れた腫れたもいいが、今の碧にとってはこの日常が愛おしい。信頼を置き、共に歩ませてくれるこの真選組が何よりも愛おしいのだ。