不器用な

波止場から小さな屋形船が出向する。
碧は船の後方に身を潜め、無線のスイッチを押した。

「尾行中のターゲットが船に乗りました。応援を至急お願いします。」
『おい、黒木。今どこにいる』
「船の上です」
『・・・今すぐ降りろ』
「駄目です、見失ってしまいます。それにもう波止場を離れました」

無線の向こう側から土方の舌打ちが聞こえた。碧はスイッチを切る。ケイタイで現在地の地図を送っておいた。
碧が追っているのは違法薬物を取引している犯罪グループの一派。数日の張り込みを経てやっと動きを見せた彼らをここで逃すわけにはいかなかった。
波の音に混じって微かに聞こえる男の声に耳をすます。

「今回のは依存性が高い。もうちょっと高値でも売れそうだ」
「こちらは取り分の五割を頂ければ結構ですので」

おそらく薬の話で間違いない。ここを押さえれば現行犯で連行できる。碧は息を殺し、船の甲板を前方へ移動した。





いやらしい笑みを浮かべた男たちは外から呻き声がし、一斉に前方のドアの方を見る。息を飲み腰に下げた刀に手をかける。
ドアがゆっくりと開き、現れたのは見張りの男。

「なんだ、何かあったのか」

見張りは何も答えることなく、ドサリと部屋の中へ倒れこんできた。そして後ろから現れた小柄な人影に、中に居た男たちは殺意を含んだ視線を向ける。

「誰だてめぇ・・・」
「真選組です。中の荷物を改めさせてもらう」

刀を持った男が四人と、奥に恰幅のいい怯えた表情の男が一人。察するに裏で仕入れを行っていたのは奥にいる男だろう。目の前に開かれたままのケースには小さな袋が敷き詰められている。

「なんだ・・・てめぇみたいな小せぇのが、一人か」
「大人しく荷物を見せてくれると助かるんですが」

くつくつと喉の奥で笑う男たちに、碧も笑顔を見せた。

「協力してはくれないようですねえ」
「あたりめぇだ。あんたこそ、その綺麗なお顔に傷がつくぜ」
「心配ご無用」
「舐めた口聞きやがって」

男は刀を振り上げた。碧は踏み込み、刀が鈍く光る。
瞬間、血しぶきをあげ、刀を握った男の腕が飛ぶ。悲鳴があがる。切りかかってきた二人目の男の太刀をひらりとかわし、足を切り飛ばす。
次々と倒されていく男たちから目を離せずにいる、恰幅のいい青ざめた顔の男に碧は刀を突き付けた。

「五体満足で居たければ、大人しくしていてください」

男は声を発せぬまま、こくこくと首を振った。
刀を一振りし、ついた血を払ってからそれを鞘に納める。
がたっ、と音がして、碧はそちらを振り返った。部屋の奥、積み荷の置き場であろう箇所が襖によって仕切られている。船と、この部屋の大きさから考えて押し入れ程度の隙間しかないはずだ。
まだ、下手人が残っているのかと思ったが殺気は感じない。碧はゆっくりとそちらへ近づき襖をあけた。

「女の子?」

そこには小さな女の子が震えながらうずくまっていた。

「どうして、こんなところに。もう出てきて大丈夫ですよ」
「いや、来ないで・・・人殺し」

怯えた色の瞳に涙をため、少女は嗚咽混じりに言った。
碧はそれ以上、彼女に近づくことが出来なかった。

「すみません、嫌なものを見せましたね」





土方たちが到着した頃には、全て片付いた後だった。
男たちが連行される中、碧は土方からの鋭い視線を一身に受けていた。

「ばか野郎が!一人で突っ込むんじゃねぇ」
「すみません」

いつもより落ち着いた声で答える碧に土方は溜息をつく。

「・・・報告しろ」
「下手人見張り合わせて六人、怪我を負っています。死者はなし。中に居た四人が密売していた薬は奥の太った男が仕入れていたようです」
「わかった・・・手当を受けてこい」
「これ返り血なので。大丈夫です」
「そうか」
「あと、女の子が一人」
「あぁ?」
「密輸していた男の子供だそうです。保護をお願いします」
「そういうのはお前の担当じゃねぇのか」
「怖がられちゃったみたいで」

そう言ってまだ血のついた手を広げ、笑った碧の顔はどこか悲し気だった。





屯所に戻り、シャワーを浴びて出ると、沖田が立っていた。

「・・・覗きですか?趣味の悪い」
「見張ってやってたんだろィ。碧が札出し忘れてるから。心外でさァ」
「あぁ、それはすみません。ありがとうございます」

この屯所には隊士全員が使う大浴場しかない。碧が使う時には清掃中の札を出すよう言われていた。

「今日はお疲れだったみてぇだな」
「一人で突っ込むなと土方さんに怒られました」

勤めて明るく笑う碧に沖田も口の端を上げる。いつもなら、しゅんと項垂れて土方がなんだこうだと泣き言を言うくせに、と沖田は思う。

「作り笑いが下手ですねィ。へこんでる理由はそれだけか?」

碧は驚いたように目を見開いてから、また困ったように笑う。

「沖田さんはエスパーなんですか」
「碧がわかりやすすぎるんでィ、で?どうした」
「・・・現場にまだ小さな女の子がいたんですが。・・・その子に人殺しって、酷く怯えられちゃいました」
「死人は出てないって聞いてたが」
「えぇ、今日は。でも、切ることもあります」

碧はふぅっと息をつく。

「分かってはいるんですけどね。子どもにあんな顔させちゃぁ、やっぱりちょっと堪えます」
「まぁ避けちゃ通れねぇな。いっそのこと、一番隊にでも来たらどうですかィ?すぐに慣れまさぁ」
「あはは、人事のことは土方さんに言ってください。それに慣れたくはないんです。人の痛みが分からなくなるくらいなら・・・慣れなくていいんです。でも、ありがとうございます」

少し晴れた表情で、碧は微笑んだ。励ましなのか、慰めなのか、どちらにしろこうして声をかけてくる沖田は優しい先輩だ。いつまでも心配をかけるわけにもいくまい。

「ちょっと本気だったんですけどねィ」
「え?」
「一番隊の話。 碧の腕は買ってんだ。可愛がってやるぜィ」
「面と向かって言われると照れちゃいますね」

沖田ははぐらかされたような気がして一つ溜息をついた。





碧は食堂に向かった。
もう日付をまたいでいたが、張り込み先から下手人の尾行を続けていたため、夕食を取り損ねていた。そのまま眠ろうにも、目が冴えているし空腹も相まって眠れそうにない。
食堂からは仄かに明かりが漏れていた。応援に来てくれた隊士だろうかと扉を開ける。

「あ、土方さん」
「黒木・・・」
「今日は、すみませんでした」
「あぁ」

案外平気そうな顔に土方は内心少し安心した。
碧は厨房に入り、軽くご飯をよそってお茶をかける。それを持って、土方の隣に座った。

「おい、それっぽっちで足りんのか。ちゃんと飯食えよ」

そう言いながら土方はマヨネーズに埋もれたご飯を口の中にかきこんだ。

「大丈夫ですよ、もう寝るだけですし」

碧もさらさらと茶漬けを口に流し込む。

「あの、土方さん」
「なんだ」
「・・・女の子はどうなりました?」
「他のやつに家に送らせた。親戚に引き取られることになるだろうよ」
「そうですか」
「明日から山崎にその親戚の身辺調査をさせる。あの売人の周り洗っていきゃァまた何か釣れるかもしれねぇからな」
「身内に内通している者がいなければ、いいですけどねぇ・・・」

ぼんやりと呟く碧を横目に見やる。

「・・・あの娘に固執した話じゃねぇよ。んなこと気にしてたらきりがねぇ」
「はい、そうですよね」

土方はガタリと丼を置いた。
時々、この物分かりのいい女に対し無性に押し寄せる苛立ちと不安感をどう表現していいのか分からない。入隊当初、「女である前に隊士だ」と迷いなく言い放ったのはよく覚えている。その覚悟が気に入って、土方は碧を下に付けた。
それを知ってか知らずか、碧は土方の前ではあまり弱味を見せない。
山崎が世話を焼いているのは知っているし、沖田や万事屋の面々が相談役になっているらしいことは分かっている。自分にそういった役割は柄では無いのも。
ただ、感情を殺したように薄く笑う表情が、どうも気に食わないのだ。

「・・・おい黒木、あの娘に何言われたかは知らねぇが。引き摺るんじゃねぇ。前を見ろ」
「土方さん・・・」
「ここには隊士としてじゃねぇ、仲間としててめぇの帰りを待ってる奴らが山ほど居る。そいつらに娘を恨ませたく無かったら、吐き出すもん吐き出して、ちゃんと笑え」

碧は目を丸くして、土方を見つめた。
灰色の霧が一瞬で晴れたように、むずむずとしたこそばゆさを感じながら頬を緩める。

「ぷっ、ふふふ、・・・心配してくれたんですか」
「オ、オイ何笑ってんだテメェ!!」
「土方さんが笑えって言ったんじゃないですか」

少し顔を赤くしながら、言葉に詰まる土方を碧はにやにやと眺める。

「ねぇ土方さん、土方さんも私を、仲間として待っててくれてるってことですか」
「なっ・・・ぁ・・・だろ」
「何です?」
「当たり前だつったんだよ!わかったらその緩んだ面どうにかしろ!」
「ふふ、すみません」
「ったく、食ったらさっさと寝やがれ!朝礼寝坊したら切腹だからな!」
「はい」

土方は乱暴に流しに丼を置くと、速足で食堂を出て行ってしまった。
まだ口元を緩ませたまま、碧はそれを見送った。
土方に介錯を頼めるなら、本望だと思った。