ゆらゆら

なぜだか、神威はたまに部屋にやってきては碧のベッドを占領している。碧はというとそれを特に気に止めることもなく、椅子に座って本を読んでいる。
話しかけられれば相手をし、また本へ目を戻す。

「碧はいつの間にこんなもの持って帰ってくるの」

ベッドの横に並んだ植木鉢や小さなプランターを眺めながら言う。

「え、他の星に降りた時とかですかね」
「ふぅん」

あまり興味の無さそうな返事が聞こえ、碧は内心ほっとしていた。
確かに神威は船を降りるとき、よく碧を連れて出るが、大体は一緒に行動している。
たまに鉢植えを買っているのは見たことがあるし、特に気に止めることも無かったが、それにしても量が増えすぎてやいないか。

「俺の居ない間に、勝手にどっか行ってる?」
「た、たまに」

ほっとしたのも束の間で、神威の視線を感じドキリと心臓が跳ねる。

「ふぅん・・・まぁいいけどさ」

碧を連れ出す以外にも、神威は一人どこかへ出かける時が多々ある。
その間、碧は阿伏兎の手伝い等をしているがたまに暇になると、阿伏兎に一言断ってからふらりと船を出ているのだった。
最初阿伏兎は「放浪癖は一人で十分だ」と苦い顔をしていたが、すぐに戻って来る碧を今は黙認してくれている。ただ「団長に怒られるぞ」とだけ忠告を受けていた。

「碧は雑草が好きなの?強い植物ではあるけど」
「雑草じゃなくて薬草ですよ。薬になります」
「毒?」
「多量に摂取すれば毒になるものもありますよ」
「俺に毒盛るなよ」
「しませんよ」

棚に並んだ鉢には花一つついていない。
花を愛でるならまだ可愛らしいのに、と言って神威は碧の淹れたお茶に躊躇いなく口をつける。
碧は少し驚いたように顔をあげた。

「神威が、可愛らしいとか思うことあるんですね」
「あるよ。俺を何だと思ってるの?」
「闘争本能の塊みたいな人だと思ってました」
「否定はしない」

碧は神威の端正な横顔を眺める。まだ、興味の無さそうな瞳で、鉢を眺めている。

「碧は、変わってるよね」
「・・・神威に言われるとは思ってもみませんでした」
「そう?だって普通の奴なら自分を半殺しにした相手の船になんか乗らないと思うんだ」
「それは、そうかもしれませんね」
「ましてや今はこうして平然と二人でお茶飲んでる」
「だって神威が私を殺さないって言ったんじゃないですか。それに」

碧は少し考えた後、淡々と言葉を繋げる。

「最初、殺されかけはしましたけど、
 神威を綺麗だなと思ったんです」

神威は少し驚いた表情で碧を見た後、にっこりと口元に綺麗な弧を描く。

「へぇ、そう。俺も碧を綺麗だと思ったよ」

碧はぽかんと口を閉じるのも忘れたまま、神威の顔を眺めた。
今までの中で極上の笑みだった。

「碧、口あいてるよ」
「あ、はい」
「ねぇ」
「はい?」
「阿伏兎は碧が出掛けてること、知ってたの?」
「はい・・・あ」
「そうか」

答えてしまってから、後悔する。と同時に心の中で阿伏兎ごめん、と謝った。
神威が部屋から出ていってすぐ、隣の阿伏兎の部屋から「いてぇ!!」と悲鳴が聞こえてきたのは言うまでもない。






後日。
碧の手には、枝に小さな淡いピンク色の花をつけた鉢があった。

「珍しいね、碧が花を持って帰ってくるなんて。草しか興味ないのかと思ってた」
「桜です。儚げで可愛らしい花なんですが、毒があるんですよ」
「へぇ」
「栄養を己が得るため周りの草を枯らして、独り占めしちゃうんです」

もしかして、花を愛でるのが可愛らしいと言ったのを気にしたのかと思った、のも一瞬で。

「神威みたいだなあと思って。だからあげますね」





「ってくれたんだけど、どう思う?」
「どうって、なぁ・・・」
「俺花が欲しいとは一言も言ってないんだけど」

隣で独り言のように呟く神威に、阿伏兎は小さく溜息をついた。
碧の言うことはなんとなく、的を射ている気もする。他を刈って花を咲かすというのは実に神威らしい。
でも二人に関して言うと、もう少し違った事柄で。
果たして栄養たり得るものは何なのか、いや誰なのか。
阿伏兎にとっては、告白めいて見えるその鉢もこの二人にとっては何の裏も表もないのだろうと思う。





「やっぱり碧の部屋に置いてよ、俺の部屋に置いても枯れるだけだし」
「そうですか」
「俺に似てると思ったんでしょ。枯らすなよ」

阿伏兎は碧の部屋に桜があるのをまだ知らない。