戯れ

夜更けに食堂で一人、茶を飲んでいるこじんまりした背中を見つけた。
黒木 碧。真選組唯一の女隊士であり、男たちにも引けを取らない強さを持つ。
それを俺も認めているし、他の隊士にちやほやされても飄々としており、舞い上がるほど馬鹿ではない所も気に入っている。
だが、何があってか彼女は副長に懐いている。いつもこにこと嬉しそうに土方を追う隊士は真選組の中でもよほど珍しい。
だからだろうか、ちょっといじめてみたくなった。





「あ、沖田さ」

言い終わる前に、碧は床に沈んだ。沖田が座っている椅子の足を蹴り倒したのだ。
椅子は派手な音を立てて転がり、碧は尻餅をついた態勢のまま、きょとんとした顔で沖田を見上げていた。

「よぉ、寝れねぇのかィ」
「まぁそんなとこです」

起き上がろうとした碧の手を取り沖田はもう一度倒した。沖田は馬乗りになり碧の頭上で両手を押さえ床に縫い付ける。「痛いです」と小さく言って、しばらく手を解こうとしていたが碧は諦めたように力を抜く。

「私なんかしましたっけ」
「さぁな。・・・いい眺めですねぃ」

沖田はにやりと口の端をあげた。整った顔立ち、大きな美しい目が今は不機嫌そうに細められている。寝間着にしている浴衣が乱れ、覗く白い鎖骨が普段の隊服からは感じられない色っぽさを出していた。結われていない白い髪が床に広がり小さな灯りに反射して、艶やかさを際立たせる。

「そんな恰好で部屋の外ほっつき歩くもんじゃねぇぜぃ。油断してると襲われちまうぞ」
「襲ってるの沖田さんでしょう。誰かに見られちゃいますよ」
「見られちゃ困る相手でも?」

そう言いながら首筋に鼻を滑らすと碧は小さく声をあげた。
飾り気のない、シャンプーの良い香りがする。

「うぅ・・・くすぐったい。そろそろ退いてくださいよ」
「嫌だねぃ」
「私Mじゃないんですよ」
「調教してやろうか?」
「いやぁ、遠慮しときます」

口ではそう言うが碧はあまり抵抗を見せないので、沖田はつまらなそうに息をついた。

「もうちょっと警戒心を持った方がいいぜィ。碧」
「ご忠告どうも」

締め上げていた手を解放し、体を離す。
碧は少々驚いた顔をして、手首をさすった。

「なんでィ、もっといじめて欲しかったか?」
「いえいえ、遠慮しときます」

腰をあげ、椅子を起こした後、彼女は湯呑みの茶を一気に飲み干した。
自分も茶でも飲むかと台所に回ろうとしたその時、後ろから手を掴まれたかと思うと、一気に後ろ手に締め上げられる。関節があらぬ方向へ曲げられそうになり、思わず体制を崩し、前のめりに倒れた。

「いだだだだ」
「仕返しです」

横目に見える碧の口元はうっすらと笑みを浮かべていた。
手を離し、立ち上がると碧はそのまま食堂の出入り口へ足を向けた。

「じゃぁ、おやすみなさい」

美しく微笑んで、出ていく碧の姿を沖田は床に付したまま見送った。








「おい、それどうした」

土方は筆を走らせる碧の袖から覗く青くなった手首を見やり、ポツリと呟いた。
剣の鍛錬の中では付きそうにない、縛られたような痕。

「あぁ」

少し考えて碧は口を開く。

「沖田さんに不意打ちされました」
「・・・そうか。気をつけろ」

土方は言葉に迷った末、それだけ言って書類に向き直る。
「はい、精進します」と笑う碧に、土方は小さく溜息をついた。