あくまで(前)

さらさらの白い髪を後ろで一つに結い、容姿端麗の娘。仕事も卒なくこなし、町の人間にも好く者が多い、真選組の中でも稀な存在。そんな彼女が今日は眉間に皺を寄せ瞳を潤ませ、うちに来るなりソファで膝を抱えどんよりとしたオーラを醸し出している。
銀時は面倒くさそうに溜息をついた。

「碧ちゃんどうしたアルか?職場でセクハラでもされたアルか?」
「うぅ、神楽ちゃん・・・」

碧は神楽にぎゅっと抱き着いた。よしよしと背中を摩ってくれる。

「やめとけ神楽、うちじゃぁどうしようもねぇよ。こいつの職場警察だもの。身内の中でもみ消せちゃうもの。俺らが行っても職務妨害とか言って逆にしょっ引かれるのが落ちだぞ」
「そんな!可愛い女の子を好き勝手して、泣き寝入りさせるなんて、クズ野郎ネ!ぶっ飛ばすしかナイヨ!」
「あの・・・セクハラじゃないんで。そんな人たちじゃないんで。変な想像やめて」
「まぁまぁ、お茶でもどうぞ」

新八は暖かい湯呑みを机に置く。
碧はありがとうと一言礼を言ってお茶をすすった。

「はぁ、どうせあれだろ。また大串くんだろ。いい加減愚痴聞き料取るぞ。一言愚痴発するごとに1000円取るぞ」

実は碧はたまに万事屋を訪れては、土方さんに褒められただの、ちょっと仕事でミスして土方さんに迷惑をかけただの、土方さんがフォローしてくれただの世間話をして帰っていた。

「いや、いつも愚痴聞き料払って帰ってくれてるじゃないですか。銀さんが僕らに給料払ってないの気にして」
「う、うるせぇ!あれは愚痴聞き料じゃねぇ!口止め料だ!」

銀時は叫んだ。
出会った当初銀時は、いつも朗らかに笑い気遣いのできる彼女をちょっと可愛い女だなとか思っていた。神楽と仲良くなりうちに遊びに来るようになった碧を微笑ましく見守っていた。だが、彼女の口からよく飛び出してくる「土方さん」という単語に反りの合わない嫌な顔が浮かび少々嫌気がさしている。

「碧さん」

新八は優しく促すように声をかけた。

「土方さんと、喧嘩した・・・」
「ほらね!また土方さんだよ!大丈夫だよ、あいつニコチン中毒でいつもイライラしてるでしょ!常にニコチンかマヨ取ってないと機嫌悪い人でしょ!いいよたまには殴り返すくらい」
「殴ってないし!土方さんをそんな風に言わないで!」
「でも、喧嘩なんて珍しいですね。碧さん、土方さんを慕ってるし、土方さんも常識ある人だから理不尽に怒ったりしないと思うんですけど」
「いや、いつも怒ってるよ。ストレス発散にしょっ引こうとする人だよ」
「ちょっと銀ちゃん黙ってるアル!」

神楽は碧の頭を撫でながら言った。
「実は、」と碧がか細い声で話し始める。






数日前のこと。いつものように碧は土方と部屋で書類を片付けていた。
ふくちょーと間延びした声がして、山崎が部屋へ入ってくる。

「また女性から手紙来てますよ」

そう言って薄ピンクやら淡い黄色やらハートのシールが貼ってあるものやら可愛らしい色の封筒を差し出した。

「あぁ?めんどくせぇ。いつも中見て関係ねぇもんは火にくべろつってんだろ」
「いやぁ、一応です。それに人様の手紙を勝手に見るのはちょっと。大事なものもあるかもしれないじゃないですか」
「ねぇよ、んなもん」
「ラブレターですか?」

碧が興味を示すとは思ってなかったらしく土方は顔をあげる。

「そうだよ、副長これでもモテるから」
「おい、余計なこと言うんじゃねぇ」
「お言葉ですが、一度目を通してあげてもいいと思います」
「は?」
「だって、直接想いの丈を伝えるのも憚られて、彼女たちは勇気を出して手紙を出しているのだと思います。それに、煩わしいなら一通でも気持ちに答えられない旨の手紙を返せば届かなくなるかもしれません」
「そんな時間はねぇ・・・」

珍しく不服そうな顔をしている碧を見て、土方は眉間に皺をさらに深くし頭をかいた。

「ったく、そんな気にくわねぇならてめぇがやれ。やらねぇなら燃やせ」
「・・・わかりました」

碧は立ち上がって山崎の前に立つ。

「それ私がお預かりしてもいいですか?」
「あ、はい。結構量あるけど・・・」
「構いません」
「おい、書類は片付けてけよ」
「わかってます」

少しピリピリした空気の中、山崎は静かに部屋を後にした。



早々と預かった書類を片付け碧は縁側に座り封を開けていた。
一通一通丁寧に目を通す。短いものもあれば、長々と書かれているものもある。だがどれも一様に土方を慕う気持ちが込められたものだった。

「めずらしいね。碧ちゃんが土方さんにあんな言い方」
「退くん」

山崎はお茶を渡し、隣に座った。
山崎と碧は潜入捜査や見張り等同じような任を受けることも多いため仲がいい。隊に入った当初はよく同行し仕事を教えていた。

「ありがとうございます・・・私もちょっと反省してます。でもこんな気持ちのこもった手紙を読まずに捨てるなんて」
「わかるけどね、結構な量届くし、一通一通返してたらキリが無いよ」
「はい・・・一通返して、それでも送ってくる方のものは燃やしても構わないと思います、申し訳ないけど。それでも返事が無いよりは、はっきり断られた方が気持ちに区切りがつくじゃないですか」
「・・・碧ちゃんって結構普通の女の子、っていうか乙女だったんだね」
「失礼ですね、女心も持ち合わせてるつもりですよ。一応女なんで」
「ごめんごめん、そういうことじゃなくて、なんというか、若いなぁというか」
「退くんよりは若いです」
「うん、そうだね・・・碧ちゃんは好きな人とか居るの?」
「いえ、そういう相手は居ないですけど」
「そっかぁ」

山崎は茶をすすった。てっきり土方さんのことが好きなのかと思った、という言葉は言わないでおいた。



それから碧は空いた時間や夜に手紙の返事を書いた。気持ちを有難く思うということと、それには申し訳ないが答えられないという旨を添えて。

数日後。
パァアンと屯所内に響き渡りそうなほど大きな音を立てて、碧の部屋の襖が開かれた。現れた土方こめかみには青筋が立っていた。

「おい、黒木」
「はい?」

碧はきょとんとした顔で土方を見つめる。

「なんだこれは」

土方の手には見慣れた文字が並んだ便せんが数枚握られていた。碧が数日前に返事を書いたものだ。

『お手紙ありがとうございます。嬉しく思います。でもあなたの気持ちには応えられません、どうか他の方とあなたが幸せになってくれることを願っています』
『お手紙ありがとうございます。申し入れを受けることはできません。どうかこの失恋を乗り越えて幸せになってください』
『お手紙ありがとうございます。あなたとお付き合いをすることはできません。でも、その素敵な笑顔はどうか絶やさないでください』
『お手紙ありがとうございます。僕のメス豚になる覚悟が無いのに手紙送ってこないでください』
『お手紙ありがとうございます。僕は××趣味のクソ野郎です。あなたに好きになってもらう資格はありません』
『お手紙ありがとうございます。僕は沖田君に副長の座を譲って死にます』

「あ、量が多いからって沖田さんが手伝ってくれたんですよ」
「頼む相手間違ってんだろぉおおおお!!!最後らへん関係無いよね!?もうお返事にもなってないよねエ!?町中で知らねぇ女まで声かけてきやがって、見廻りにもなりゃしねぇ!!」

土方はくしゃりと手紙を握りつぶす。

「だいたい人に頼むくらいなら最初からやるんじゃねぇ!」
「土方さんが好きにしろって言ったじゃないですか!」
「てめぇが書くと思ったからだろぉが!誰が総悟に頼むか!!余計なことしやがって!無駄なことする暇あったら、見廻りでも行って来い!!」
「・・・わかりました、見廻り行ってきます。でも、無駄なことだとは思いませんので・・・!」

碧は土方を横切って部屋を出た。
後ろで舌打ちが聞こえた。







「それで今に至ると」
「まあ、無駄じゃねぇって碧の気持ちもわからなくもねぇが。余計なことにはちげぇねぇな」

鼻をほじりながら銀時は抜けた声を出した。

「ちょっと銀ちゃん!そういう言い方するんじゃないネ!」
「うぅ、銀ちゃんの言う通りなんだけども・・・」

抱きついたままの碧の両目からポロポロと流れる涙を、神楽はハンカチで受け止める。

「まあ、あいつの味方するわけじゃねぇが、男心もわかってやれってこった。それよか、副長さんに成り代わって書こうとするからそんなまどろっこしいことになんだろ?てめぇがてめぇの言葉で書けばいいじゃねぇか」
「私が?違う人から返事が届くなんて変でしょう」
「んなことはねぇよ。あいつは手紙読まずに燃やしちまうような野郎だから、もう送って来るなと教えてりゃぁいい。それならお前の言うように諦めもつくだろ」
「・・・うん。そうする。土方さんに謝る」

やっと泣き止んだ、と銀時は口の端をあげた。
土方の名前が飛び出してくるのは少々気に食わないが、彼女がここを逃げ場とするならまあ悪くない。

「ありがと、銀ちゃん。神楽ちゃんも新八くんも」

碧は少し赤く腫れた目をこすり恥ずかしそうに笑った。





「碧ちゃんは、ラブレター渡したことあるアルか?」
「と、突然何聞いてんの神楽ちゃん」
「あはは、あるよ」
「え!マジですか!」
「小さいときだけどね、住んでた道場によく遊びに来てたおじさんに渡した」
「へー、なんか可愛いですね」
「でもおじさんは二十歳になったらまた頂戴って受け取ってくれなくて。それを見た父さんが横から手紙を奪って目の前で焼いちゃったの」
「完全にトラウマじゃないですか!」
「克服のために、銀ちゃんにラブレター書いてくれてもいいよ。ぜってぇ燃やさねぇから。大事にしまっとくから」
「あんたはただラブレター欲しいだけだろ!」
「そうネ!貰えないからって碧ちゃん利用すんなヨ!」
「黙ってろ!!」