彼女について

他の隊士からの視線が痛いと感じる時がある。原因はわかっている。

「退くん、お待たせしました」
「大丈夫。じゃあ行こうか」

山崎と同じシンプルな隊服に、短いケープを羽織った碧が屯所から出てくる。
入隊試験に合格するほどの腕の持ち主だが、それを感じさせない物腰の柔らかさも相まって、密かに隊士たちからの人気を集めるのも頷ける。
主な任務は偵察や潜入捜査。言わば山崎の後輩にもあたるため、入隊当初から世話役として一緒に行動することも多かった。
今日は食材や備品の買い出しだ。
隣を歩く碧のケープがひらりと揺れる。
もともと女性用の隊服は無かったので要望を聞かれ、ちょっと体にフィットしすぎると言ったところ、近藤さんが用意してくれたらしい。

「碧ちゃん、何かいいことあった?」

ここ最近、上機嫌な様子が見受けられた彼女に気になっていたことを聞いてみた。
よくぞ聞いてくれたと、嬉しそうな碧の笑顔がまぶしい。

「任務で、使っていたかんざしを血で汚してしまったんですけど」
「あぁ、この前のおとり捜査の?」
「そうです。成功の褒美にと土方さんが代わりのかんざしをくれたんです!」

にこにこと碧は話す。

「え!・・・あの副長が?」

今にもスキップしそうな彼女は、まるで好きな人にプレゼントをもらった可愛らしい女の子のようだ。まぁ腰に下がる剣を除けば、可愛らしい女の子なのだけど。
彼女が土方を慕っているのは傍目から見てもよくわかる。厳しく自他共に律し、隊をまとめる副長を尊敬はしているが、少々横暴で人も殺しそうな鋭い目つきの彼にわざわざ不用意に話しかけていこうとは思わないし、そんな物好きな隊士もほとんどいない。というか碧や沖田くらいのものではないだろうか。

「碧ちゃんはなんでそんなに副長好きなの?」
「え、うーん・・・尊敬してるからです」
「それはわかるけど、近藤さんや沖田隊長のことも尊敬してるでしょ?」
「そうですが」

碧は少し迷ったあと、口を開いた。



それは入隊当初のことだ。
碧は局長室に呼ばれ、近藤を前に緊張した面持ちで正座していた。
「所属部隊のことなんだが・・・」と近藤が少し困った表情で話を切り出す。その時、入隊試験を合格したものは既に隊を振り分けられ、碧だけがまだ所属を言い渡されていなかった。

「総悟が一番隊でもやっていけると言っていたが、危険な斬り込み部隊だ。剣の腕は認めるし、とっつぁんのお墨付きだ。でもその、女の子だし、先頭切って危ない場所に立たせるのもなぁと思ってな・・・」

歯切れの悪い近藤の言い方に碧は表情に出さぬよう歯を噛み締めた。
よくわかっていた。幼少の頃を過ごした道場でも同じだった。まだ小さかったこともあって、皆碧を置いて戦場へ行ってしまった。女の子だからと、足手まといだと後を追わせてはくれなかった。
だから強くなろうとした。強くなった。誰が許さずとも己が力で進めるように。

「どこか希望する隊はあるかと思って呼んだんだ・・・」
「女である前に隊士です。局長の心遣いはありがたくお受けしますが、どこであろうと私は私の仕事を全うするまでです。いつでも命を賭す覚悟はあります」
「そうか・・・」

煮え切らない様子の近藤に、外でそれを聞いていた土方は痺れを切らし、襖を開ける。
突然開いた襖に驚いた表情の碧を土方は真っ直ぐに見た。

「いい覚悟だ。お前、俺の下につけ。ちょうど監察の手も増やしたいと思ってたところだ」
「トシ!」
「決めかねてんなら異論はねぇだろ。こいつの言うようにもう一隊士であることには違ぇねぇ。女であろうと関係ねぇよ。やれることをやってもらう。だがな、黒木」
「はい」
「生きる覚悟をしろ。潜入中、諜報員に野垂れ死にされたんじゃぁ、他の部隊の出動も遅れる。何があっても情報は持ち帰れ」
「・・はいっ!」







「それで、土方さんは私を下につけてくれたんです」
「そうだったの」

山崎は得心したように頷いた。初めて聞いた。今では近藤も少々無遠慮すぎるんじゃないかと思うほど他の隊士と同じように接しているし、当初持っていた戸惑いは感じられない。それに土方から提言があったとは思いもしなかった。

「かんざし、気に入ってるなら普段つけてあげれば?副長も喜ぶんじゃない?」
「いえ、あくまで変装道具ですよ。普段つけてたら逆に怒られちゃいます」
「そうかなぁ」
「でも」

そう言って彼女は懐に手を入れる。

「いつも持ってますよ、ほら」

取り出したのはひとつの綺麗なかんざし。それを嬉しそうに見せる碧がなんだか微笑ましい。恋する女の子というよりは、よかったねと頭を撫でてやりたくなるような、あどけなさを含んだ笑顔だった。

「あ、退くん!今日マヨネーズ安売りみたいですよ!買い溜めしときましょう!」
「うん、持てる範囲にしてね」