言葉はもう

「好きです」

目の前の女は、恥ずかしそうに顔を伏せるでもなく、にこりと笑うでもなく、ただ真っ直ぐにこちらを見てそう言った。
暫くの沈黙。

「・・・は?」
「好きです、銀時さん」

やっとのことで発した一文字に、今度は名前付きでもう一度繰り返す。

「え、・・・銀さん告白されてんの?」
「はい、そのつもりですが」

黒木 碧は不思議そうに首を傾げた。
店先、照らす日差しを遮るように暖簾がかかり、大通りの往来の喧騒が酷く遠くに聞こえる。
ここはかぶき町にある碧の店だ。漢方やら薬草茶の類を売っている。
暫く前、どこからか飛んできたバズーカに被爆し店の入り口が半壊したので修理して欲しいと、万事屋に依頼に来てからの付き合いだ。大工に頼まなかったのは、爆風で散らかった店内の整理も一緒にお願いしたかったという理由だった。
その時お登勢もこの店のことを知り、薬草茶が二日酔いに効くと気に入ったらしい。以来俺は使いに出されることもあり、しばしば碧のもとを訪れていた。
碧はよく笑う方では無いが、かといって嫌な顔もしない。茶葉を袋に詰めながら、俺の愚痴も静かに聞き、時折口元に小さく弧を描き「大変でしたね」と相槌を打つ。待っている間、俺の好みを知ってか少し甘めの茶を淹れ、大福やなんかを出してくれる。
そんな彼女の店に居心地の良さを感じていた。それは事実だが。
暖簾をくぐった矢先、目が合い開口一番にそんなことを言われるとは思わなかった。

「あ、ははは、珍しいなぁ、碧が冗談言うとか」
「好きなのは本当です」
「いやでもあれだろ・・・ちょっと気になるーとか恋に恋してるあれだろ、でなきゃこうも淡々と言わないもの、もっと恥じらいとかあるもの、そうだろ?」
「そういうものでしょうか。どうも感情表現が苦手で」

碧は少し考えるような仕草をして、すっと立ち上がるといつものように茶葉を詰め始める。

「いつものでいいんでしたっけ」
「あ、あぁ」

あれ、どうなったんだろう、さっきの話と思いながらも自分からはどうにも切り出したくなくて、今日は黙って出された茶を飲んだ。ちくちくと時計の秒針の刻む音がやたら耳についた。

「お待たせしました」
「お、おう。さんきゅー・・・」
「銀時さん、なんと言えばいいかわからないんですが、少し時間をください」
「お?おう・・・」

俺はそそくさと店を出た。なんだ時間をくださいって、あれ、それ普通俺のセリフじゃね?別に嫌な気がしたわけではない。動揺した。ただ、動揺した。自分とは正反対と言えるほど真面目で勉強家で暇さえあれば薬学等の本を読んでいて、愚痴を言うこともなく、品のいい綺麗な所作で、真っ直ぐな綺麗な目をしていて・・・。そこまで考えて俺は振り払うように頭を掻いた。
多分あれだ。勉強しかしてこなかった娘がちょっとよく話をする相手を意識してしまっているような、そういうことだろう。






それから、碧はよく万事屋へ来るようになった。差し入れだと茶や菓子を持って。
スナックお登勢で飲んでいる時に現れることもあるし、出先で会えば必ず声をかけてくる。そして二人で居る時、真っ直ぐに目を見てたまに紡がれる「好きです」という言葉。もう随分と聞いたような気がする。

「最近碧、よく来るねぇ」
「はい、すみません、お邪魔してしまって」

カウンターに立つお登勢は苦笑する。

「いや、客商売だから来てくれるのは有難いんだけどね。飲まなきゃやってられないことでもあったのかと心配になってねぇ」
「そういうわけでは」

いつものようにスナックお登勢のカウンター、俺の隣に座って、碧は淡く笑う。

「そうかい?無いならいいんだけど。相談事があるなら聞くよ。愚痴でも。そういう店なんだからさ」
「そうですか・・・」

碧は黙って酒を一口飲んだ。

「口説いてる人が居るんですけど、なかなか伝わっていない気がして」

その一言に俺は盛大に噴出した。

「銀時、あんた何やってんだい。汚いねぇ」
「わ、悪い悪い、なんでもねぇ」

おしぼりを受け取って机を拭いた。なんとなく二人で居る時しかそういうことを言わなかったから、まさか碧からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかった。なんだよ、当事者横にして恋愛相談とか何考えてんの。

「それにしても、驚いた。好きな相手が居るとかならまだしも、口説いてるだなんて。見かけによらず積極的なんだねぇ」
「好きですと言っても、なかなか信じてもらえないので」
「そんなに良い男なのかい?どんなやつさ」
「素敵な方です。よく店先で話をしてくれます、大変だったこととか。文句を言いながら困ってる人は放っておけない、優しくて暖かい人です。誰かに流されることの無い芯を持っていて。少しズボラなところがあって、抜けているところがあって、気だるそうな声も、ふわふわの髪の毛も、好きなんです」

俺は席を立った。椅子のガタンという音が嫌に大きく感じた。

「飲みすぎた、帰るわ」
「あんた本当に顔赤いよ、大丈夫かい?」
「おー、つけといてくれ」
「家賃と一緒に請求するからね」

耳が熱い。部屋に戻りかけて、そのまま階段の半ばで座り込んだ。夜風が冷たく、熱を冷ますのには丁度よかった。何を言ってんだ、あいつは。俺を横にして。

「銀時さん?」

碧の静かな声が聞こえた。
階段をゆっくりと上ってきて、窺うように顔を覗き込んでくる。

「大丈夫ですか」
「・・・大丈夫じゃねぇ」
「お水もらって来ましょうか」
「・・・」
「銀時さん?・・・お水もらってきますね」

そう言って階段を降りようとした碧の腕をつかんだ。華奢で、折れそうな腕だった。
そのまま引き寄せて、唇が碧のものと触れそうな距離で、止めた。

「お前の言う好きっていうのは、こういうことでいいんだな」
「・・・はい、」
「時間くれって言ってたのは、何なんだ」
「勘違いだという風に、銀時さんが言うので。どうすれば伝わるものかと、いろいろ試していたんですが」
「さっきのもか」
「は、い」
「反則だろぉ・・・」

顔を伏せる。どうにも熱が冷めやらず、溜息をついた。

「銀時さ、」

声にばっと顔をあげると少し驚いた碧の顔があった。珍しく、頬を紅く染め眉尻の下がった顔。可愛い顔しやがって。
今度こそ、腕を引いて唇を重ねた。

「・・・これが、お返事だと、受け取っていいんでしょうか」
「・・・あぁ」

碧は口元をおさえ、少し震える声で言った。
ばくばくと鳴る心臓の音がうるさい。

「口説いた甲斐がありましたね。こんなに、触れたいと思ったのは、初めてで」
「あー・・・もう。わかったから、ちょっと黙ってろ」

心臓が爆発するかと思った。口説き文句はもう十分すぎるくらいに聞いた。
絆されて、どうしようもない。