最初のはなし

透き通るような白い肌、白く肩口まで届かないくらいの長さの髪から、滴る紅い血。
見慣れた傘を背負い、美しいガラス細工のような瞳の奥に戦闘本能を宿し、その目は神威を真っ直ぐに捉えていた。
薄暗い路地に咽かえる血の匂いと、陽の当らない地面に転がった腕や、足。
その中に立つ女に神威は満面の笑みを向けた。

「そそるなぁ、その目。強い女は好みだけど、甘いよ」

神威は足元に転がった天人の頭を思いきり蹴飛ばした。

「留めはちゃんと刺さないと」

その言葉に女は驚いたように目を見開く。

「あなたは、私を殺しに来たんじゃないの」
「そのつもりだったんだけど、気が変わった」

神威がここに来たのは上からの命令だ。
とある惑星、春雨の奴隷船が襲撃された。その犯人を探し出し殺せというものだった。
その場に居たものたちで対処出来ないほどの強者なのかと心躍らせた。
一人の女によるものだとは思わなかったが、それが夜兎となると得心がいく。

「殺すのはやめて、半殺しにする」

神威は地面を蹴った。









船に戻ってきた神威の姿を見て、阿伏兎は眉間に皺を寄せ溜息をついた。
口の端が切れ、服の破れた部分から血が滲んでいる。珍しく怪我をしていることもそうだが、頭痛の種は神威が右脇に抱えているモノだ。

「おい、何拾ってきた・・・このすっとこどっこい」
「いい女だったから。それに、阿伏兎は夜兎偏愛主義だろ?」
「夜兎だぁ?」

力無く垂れる白い腕、しゃがんでソレを覗き込むと、辛うじて息をしている様子だった。

「なんでこんな星に、」
「奴隷船の襲撃犯だよ」
「なんだと・・・団長、ソレどうするつもりだ」
「報告書は適当に誤魔化しといてよ」
「そりゃぁ、言われなくてもそのつもりだよ。俺たち第七師団は誰かさんのおかげでただでさえ、良い目で見られちゃいねぇ。犯人が同胞とあらば、厄介事が増えるのがおちだ。聞いてんのは・・・ソイツを連れて行くのかってことだ」
「あぁ」

さも当たり前かのように答える神威に阿伏兎は今度こそ頭を抱えた。

「手当よろしくね」










薄っすらと目を開けた。機械的な天井。蛍光灯の光が少し眩しい。鼻につく消毒液のにおい。
ぼんやりする意識が徐々に鮮明になってくる。
体を起こすとズキリと腹部に痛みが走った。

「動くと傷口が開くぞ」

低い声に顔をあげると、無精ひげを生やしたがたいのいい男が立っていた。
女は暫くして諦めたようにまたベッドに身を倒した。普通の人間なら一日で目が覚めるような怪我では無かったが、さすが夜兎と言ったところか。

「ここは」
「春雨第七師団の船の中だ。お前さんは丸一日眠ってた。嬢ちゃん、名前は?」
「・・・碧。あなたは、」
「阿伏兎だ」
「阿伏兎・・・ありがとう」

予想外の言葉に阿伏兎は面食らった顔をする。

「阿伏兎が、手当てをしてくれたんでしょう?・・・処刑されるにしろ、奴隷にされるにしろ、お礼を言っておきたかったから」
「意識があったのか」
「途切れ途切れに・・・あなたの顔を見たのは覚えてる」
「礼儀正しいやつは嫌いじゃぁない。なんせ俺の周りには非常識な手にあまる奴が多くてなァ。安心しろ、お前の言うどっちにもするつもりはない」
「どういう・・・」

阿伏兎は笑顔を見せた。その時、後ろで扉が開く。

「ありゃ、目ぇ覚めたんだ」
「さっきな。まだ動けねぇぞ」

笑顔で現れた男の姿。怪我を負わせた張本人だ。碧は存外落ち着いていた。

「俺は神威、この船の船長をやってる。君はなんて名前?」

ベッドの横に置いてある椅子に座りながら神威は変わらずニコニコと聞いてくる。

「碧」
「そう。碧、なぜあの星に居たのかとか、なぜわざわざ春雨の奴隷船を襲撃したかとかは置いといてシンプルに聞くけど。一緒に海賊やらない?」
「・・・は?」

意味が分からないという顔の彼女に、阿伏兎はそれもそうだよなと思う。
自分を殺しかけた男に勧誘されるとは思ってもみなかっただろう。

「碧はそこそこ強いし、うちでもやっていけると思うんだよね、俺には負けたけどさ。そう居心地悪いところでも無いと思うよ?」

碧は少し考えてから口を開いた。

「・・・それもいいかもしれない。行く当てがあるわけでも無いし」
「そうか!話が早くていい。じゃ、分からないことは阿伏兎に聞いてよ」
「丸投げかよ」

神威は席をたって上機嫌に部屋を出て行った。
「早く、怪我なおしてね」と一言残して。
暫くして阿伏兎の溜息が聞こえる。

「お前さんも厄介な奴に気に入られちまったなぁ。そんな安請け合いして後で後悔しても知らねぇぞ」
「・・いいんです、さっき言った通り、行く当ても無いし。それにあの人の戦う姿が、綺麗だなぁと思ったので」
「・・・俺も同胞が増えるのは嬉しいがな。やめとけ、ありゃぁただのすっとこどっこいだ」

碧が真っ直ぐな目で見てくるので、阿伏兎は困ったように頭を掻くしかなかった。








後日。

「だいたい、なんで奴隷船なんか襲ったりしたんだ?」
「襲ったわけでは・・・一人旅するのに、移動手段として貨物船や奴隷船を使ってたんです。忍び込んだのがばれちゃって」
「そうかい、運が悪かったな」
「いえ、そうでも無いです。今まで他の夜兎に会うことも無かったから」

動けるようになった碧を部屋へ案内しながら話していた。
個室を与えられるとは思っていなかったらしく存外嬉しそうな表情をしていた。
そう言う素直さを少し可愛く思いながら、阿伏兎は扉をあける。

「好きに使うといい。念のためちゃんと鍵しめとけよ。男所帯だからな」
「俺の部屋なら誰も来ないよ」

通路の奥から歩いてきた神威がにこにこと奥を指差しながら言った。
碧が案内された部屋は副官である阿伏兎の隣。その通路の突き当りに神威の部屋があった。

「団長さん」
「誰が好き好んでお前さんと同室なんかにするか。寿命が縮まるだけだ」
「冗談だよ」

それが本当に冗談なのか、真意を掴めず阿伏兎は面倒くさそうな顔をする。
彼女を拾って来た時に「強い女は生かしておきたい、丈夫なガキを産みそうだろ」と言っていたのを思い出す。ただの気まぐれだと思っていたが、まさかそういうことなのだろうか。

「団長さんじゃなくて、神威だよ」

まぁそれでこの男が少し丸くなるなら、それもいいかもしれないと思った。