今はまだ

碧はそれほど好戦的じゃない。かと言って敵を切るのにも躊躇いが無い。
碧は傘よりも剣をよく使う。斬られるのも、殴られるのも好きでは無いから、そうなる前に手足を削ぐ。剣の方が効率的なのだそうだ。とどめを刺さないのは優しさからか。俺には少々残酷に思えてならない。
ただ、彼女を気に入っているらしい団長がよく戦地へ連れ出すのを不思議に思っていたが、漸く理解したのは最初に碧の戦う姿を見た時だった。
血を浴びて細い肢体を捻り、剣を振るう姿を綺麗だと思った。
最後の敵を切りつけ、まだ冷めやらぬ光を瞳の奥に宿し立ち尽くす碧を、神威は悦びに満ちた表情で眺めていた。

「あの眼が好きなんだよ」

俺の隣で神威が言った。



第七師団にとって春雨内部の反乱分子の粛清も仕事の一つだ。
他師団の中で資金源である薬を横領し、持ち逃げした裏切り者の処理。それが今日の仕事だった。


「碧、」と静かな口調で呼び、神威はゆっくりと近づく。
彼女の前に屈み、そして。

「痛っ!?」

碧の太ももをガシッと力強く握った。

「痛い痛い、神威!何するんですか!」

神威の手元からじわりと血が滲む。どうやら切れているらしかった。

「怪我しただろ。手緩いことしてるといずれ死ぬよって何度も言ってるだろ」
「かすり傷も神威に重傷にされそうですけど・・・!」
「俺は碧を殺さないよ。」

いつものように笑って、神威はパッと手を離し、スタスタと船へ戻っていく。
それを呆然と眺め、碧も少し足を引きずるように歩き出す。
その様子に俺は溜息をついて碧に近づき、彼女を抱え上げ肩に担いだ。

「阿伏兎、歩けますよ」
「そう言うな、さっさと帰ろうぜ。飯全部団長に食われちまうぞ」
「・・・ありがとう」

碧は大人しく俺にしがみついた。神威もこう素直だと扱いやすいのだが。まぁそれはそれで気持ち悪いかもしれない。

「悪く思わないでくれ、団長も愛情表現が苦手なんだよ。ほら、好きな子についちょっかい出しちまうみたいな。あれだ」
「愛情表現・・・?」

疑問に満ちた声に、言った自分も笑いたくなる。確かにそんな可愛いものじゃぁない。苦手というより、歪んでいると形容した方がいいのかもしれない。

「そういうものでは無いと思いますよ?」
「なんでそう思う?」
「だって神威は、前に船を降りたかったら降りて他所の男と子ども作るならそれでもいいって言ってましたもん」
「・・・はァ?アイツがか?心にも無いことを」
「その子どもが強くなれば楽しみが増えるって笑ってましたよ」
「・・・あ、そう」

言葉が出なかった。神威は碧を気に入っているように見える。それは当人が思うよりもずっと。
多分その時がきたら、一番許さないのは神威では無いだろうか。

「船、降りたいのか?」
「いえ、割と気に入ってるので。今の生活」
「それは嬉しいねぇ」
「結構いろんな星に行けるし。それに阿伏兎も困るでしょう?」
「あぁ、困るよ。助手が居なくなっちゃぁまたおじさん一人書類に追われる羽目になるからな」

碧は横でニコリと笑った。
船に着き、タラップを上ると壁に背をつき待っている神威の姿が見えた。
いつも通りの笑顔だが、少し怖い。

「遅いよ」
「誰のせいだ、すっとこどっこい」

いつもならさっさと食堂へ向かうのに、こうして待っているのが珍しいことを碧は知っているんだろうか。

「俺が手当してやろうか?」

自分からそんな言葉かけることなんてほとんど無いのを碧は知っているんだろうか。

「いえ、自分で出来ます。ありがとう」
「そう、遠慮しなくていいのに」
「傷口見せたら抉られそうですからね」
「嫌だな、するわけないだろ」

まぁこうして軽口叩き合っているくらいが微笑ましい。
あえて煽るようなことは言いたくない。
おじさんは見守ることにします。