「銀さん、そういえば新しい子入ったんですよ。たまには売り上げに貢献してください」
お妙にそう言われたのは昼のこと。
一人の時ならば聞き流していたものの、隣にいた神楽が「久しぶりに美味しいものが食べれる」と喜んでせがんだのでそうも行かなくなった。知り合いの居る店とは言えキャバクラをファミレス感覚で認識しているこの娘が俺は少々心配になる。
最近立て続けに仕事が入り、財布がいつもより潤っていることもあって、仕方ないとスナックすまいるに足を運ぶことになった。
「で・・・なんでお前がここに居るんだぁああああ!!」
席に案内され、お妙と共にやって来た女を見て俺は叫んだ。町はずれで塾を営んでいるはずの碧。しかし、今は綺麗な着物に薄く化粧をし大きめの花飾りを髪につけ、にこにこと微笑んでいる。それがまたよく似合っていて、思わず頭を抱えた。
「あ、碧、どうして碧いるアルか?」
「銀時じゃないですか。神楽ちゃんたちも。こういうお店にも来るんですね」
「あ、あぁ、いやコイツが新八の姉ちゃんでよぉ」
なんとなく知られたく無かった姿を隠すように銀時は隣に居た妙を指差す。
「そうだったんですか!」
「なんだ、碧ちゃんと知り合いだったの皆」
「銀さんの幼馴染らしいですよ。この前万事屋にも来てくれたんです」
「はい、先日お邪魔しちゃいました」
「まぁ、そうだったの」
「あぁ、昔同じ道場に居たんだよ・・・じゃなくて!!碧ちゃん!なんでこんなとこに居るのかな!?他に仕事してるっつうのは聞いてたがなんでキャバクラ!?」
「まぁまぁ銀時、座ってください。何飲みますか?」
「あ?・・・焼酎水割り」
「はい」
碧はボーイを呼び、注文を伝える。それに続いて神楽や妙も食事を頼みはじめた。いつもなら頼みすぎるなと口を挟むが、今はそれどころではなかった。
「で?なんでわざわざキャバクラなわけ」
「よくバイトしてた料亭の店長さんが病気でしばらくお店閉めるというので。他のバイト探しで求人雑誌立ち読みしてたらここの店長さんが声かけてくれたんです」
「経緯はわかった。だからって、先生がこんなとこで働いてていいのかよ。他の職探せよ」
「えぇ?でも時間の都合がいいんですよ。皆さん親切ですし」
「うふふ、それに碧ちゃん人気なんですよ?銀さん」
「だいたい銀ちゃんは人の仕事とやかく言う前に自分の仕事なんとかした方がいいヨ」
「ちょっと黙っててくんない!?」
立ち上がりそうになった俺は碧に袖を引かれて、渋々席に座りなおす。
暫くして酒が運ばれて来る。俺にお猪口を渡し、碧は柔らかな手つきで酒を注ぐ。
俺は酒を注ぐ碧をちらりと見やる。伏した瞳、睫毛が長い。程よくつけられた頬紅。形のいいふっくらとした唇が艶っぽい。
ふと、上目がちに視線をあげた碧と目が合い、俺はさっと顔を背けた。
何考えてんだ、俺は。
「銀時?」
こてりと首を傾げる碧。ぐっと酒を喉の奥へ流し込むように飲んだ。
苦い表情のまま向き直ると、碧はまた不思議そうにこちらを見る。
「・・・碧がいいなら、いいけどよぉ。客にセクハラとかされたりしてねぇ?あれだよ、こういう所に来る奴ぁ下心持ったやつばっかりだよ。そのうち夜の授業に誘われちゃったりするよ?」
「うーん、大丈夫ですよ。度の過ぎる方にはお帰り頂きますし、そういったお客さんばかりでも無いですから」
「ばっか、お前・・・男は皆狼ですよ。もうちょっと警戒しなさい」
碧は少し困ったように笑う。
「はいはい。でも、私ももうちゃんと大人ですよ。そういうことはお妙ちゃんに言ってあげてください」
「あぁ?お妙は、大丈夫だろ。だってあんなまな板、ぶっ!!」
碧の反対側に座るお妙からドリンク用の氷がすごい勢いで飛んできて顔面にヒットする。
「誰がなんですって?」
「な、何でもありません・・・」
頬を摩る俺の横で、碧は可笑しそうに口元を隠して笑う。それを見ているとまあ楽しそうならいいかと思ってしまうのだった。
注文した料理が揃ってきた頃、男が二人こちらの席に近づいて来るのが横目に見えた。
「よぉ万事屋!奇遇だなァ!お妙さん、今日も美しいですね!」
「あ、ゴリラ来たアル」
顔を向けると真選組の面々が居た。土方と目が合う。
二人の後ろで案内係はおろおろしていた。
「あの、お客様、席にご案内しますので・・・」
「あぁ、僕たち知り合いなんで!相席でお願いします!」
近藤は笑顔で答える。
その言葉に俺と土方は互いに顔をしかめた。
「おい、馬鹿言ってんじゃねぇよ。なんでテメェらと相席なんざ」
「そうだぜ、近藤さん。こいつと顔突き合わして飯なんざ御免被る」
「まぁまぁ固いこと言うなよ。酒の一杯でも奢ってやるから!な!」
「・・・飯代も出せ。それならまぁ許す」
「気持ちの切り替え早っ!!プライドねぇのかテメェは!」
「あぁ?お前んとこの局長が奢りたいつってんだからしょうがねぇだろ」
「奢りたいとは言ってねぇよ!たかんな!」
近藤はそそくさと嬉しそうに妙の隣に座るので、土方はがしがしと頭を掻いて、仕方なく空いている碧の隣に座った。待機していた案内係に酒を頼み、煙草に火をつける。
「トシさん、今日もお勤めお疲れさまでした」
「・・・おぉ、碧もな。すまねぇな、近藤さんの我儘で」
「いいえ、賑やかでいいじゃありませんか」
いやいやちょっと待て。なんだ今の。
碧は着物の袖を押さえ、テーブルに身を乗り出し灰皿を取って、土方の前に置く。
「どうぞ」
「あぁ」
にこりと微笑む碧。その隣で俺は顔を引きつらせた。青筋が立っているのが自分でもわかる。
「おい、碧?なんだトシさんて・・・随分仲良さげじゃねぇか」
「あぁ、塾のことを知ってるので、来たときは指名してくださるんです。それより銀時とトシさんたちはお友達だったんですねぇ」
「「友達じゃねぇ!!」」
嫌なことに土方と声が揃う。
「碧、万事屋と知り合いか」
「えぇ、幼馴染で」
「おい碧」
俺は碧の腕を取り引き寄せる。
「ぎ、銀時?」
反動で肩に凭れたまま碧は少し驚いたように顔をあげた。
「もうちょいこっち来い。煙草クセェのがうつるぞ」
「あぁ?てめぇこそ、セクハラしてんじゃねぇよ。しょっ引くぞ」
「セクハラじゃありませんー。こいつはなぁ!俺のっ」
俺は一瞬言葉につまる。
「い、妹みたいなもんなんですぅー」
そうだ、こいつは妹みたいなもんだ。なぜ言葉に詰まったのか自分でもわからず、土方がそれをふっと鼻で笑ったのが余計に腹立たしかった。
「そうかよ。一方がちゃらんぽらんだともう片方がしっかりするってぇのは本当らしいな」
「んだと、テメェこそゴリラの付き合いとか言って碧目当てで来てんじゃねぇだろうなぁ。税金泥棒が!」
「ばっ、馬鹿言うんじゃねぇ!ただ事情を知ってるから、ついでに売上に貢献してやってるだけだ!」
「へー、お優しいこった!事情があれば誰でも指名しちゃうんですかァ?!じゃあ碧以外にしろ!」
「うるせぇな!一々つっかかってくんじゃねぇよ」
俺と土方が立ち上がろうと腰を浮かした、その時。碧は俺たちの腕を引いた。
「暴れるなら追い出しますよ」
静かに微笑む碧を見て、もう一度土方に一瞥くれたあと、俺は大人しくソファに腰を落ち着けた。
「ここはお酒を嗜む場所です。銀時もトシさんも。」
土方も少しばつが悪そうに黙って座り、グラスを扇いだ。
「碧さん、すいません。この人たち会ったら喧嘩ばっかりしてて」
「新八くんが謝ることじゃないですよ。喧嘩するほど仲がいいと言いますし」
「・・・別に仲良かねぇよ」
「はいはい」
碧は子どもの相手をするように柔らかい声で答えた。
その後、土方と言い合いになりそうな所で碧に止められつつ、飯を食い酒を飲んだ。
大分酔いが回り、頭がぼおっとする。
軽く袖を引かれ碧の方を見ると、柔らかくにこりと微笑んだ。
「銀時、神楽ちゃんたちそろそろ帰した方が」
「あ?あぁ・・・おい、帰るぞテメェら。神楽、帰るまで寝んじゃねぇぞ」
「トシさん、御免なさい、通して頂いていいですか?」
「あぁ・・・おい近藤さん、俺たちもそろそろ帰ろうぜ」
「えぇ!?もう!?もうちょっとお妙さんと・・・」
「明日も仕事だろうが」
渋々と言った様子で近藤も席を立つ。
「トシさん、いつもより飲まれてますから、足元気を付けてくださいね」
「あぁ」
土方を気遣う碧の表情に、少し動悸がした。
多分それは飲みすぎたせいなのだろうが。
支払いを近藤に任せ、俺たちは早々に店を出る。
碧も店先まで見送りに出た。
「皆、気を付けて帰ってくださいね」
「ありがとうございます。お仕事がんばってくださいね」
「碧ちゃんおやすみ〜」
「ありがとう新八くん、おやすみ神楽ちゃん」
碧は目をこすりながら手をふる神楽に、軽く手を振り返す。
「ほら、銀時も。置いてかれちゃいますよ」
「あぁ?俺ァあいつらと違って足が長いから。すぐ追いつくから」
「そうですか?・・・顔赤いですよ?大丈夫ですか?」
碧の心配そうに揺れる瞳がこちらを見上げていて、ひやりとした手が頬に触れる。
それが気持ちよくて、くらりとした。
「ぎん、とき?」
俺は無意識のうちにその手を掴んでいた。
少しためらいがちに呼ばれた名前。無防備な表情が心臓のあたりをむずがゆくさせた。
「誰にでも、そんな顔見せんじゃねぇぞ」
「え、」
店の方からお妙と近藤の話声が近づいて来たので、俺は碧の手を離した。
「じゃあ、帰るわ」
「あ、はい。ありがとうございました、また来てくださいね」
俺は背を向ける。碧はまた少し困ったように笑っているのだろう。
後ろで真選組の面々を見送るお妙と碧の声がする。
妹みたいなもんだから、心配なだけだ。言い聞かせるように頭の中で呟く。
顔が熱い。酔いを醒ましながら帰路についた。
「碧ちゃん、顔赤いわよ?二人の相手するの大変だった?」
「いえいえ、でも、私もついつられて飲んでしまったみたいです」