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人の気配がして、裏庭の窓をあけた。
壁に背を預けて立つ男の姿。
辺りは暗く、部屋から漏れる灯りにぼんやりと照らされたその顔はよく見知ったものだった。
「晋助」
名前を呼ぶと、晋助は口の端を上げた。
「よぉ、碧。元気そうだなぁ」
「まぁ、上がっていってください」
私は部屋に戻り雨戸を閉め、少し灯りを暗くする。これで外からは見えないだろう。
晋助は少し呆れた顔をして、部屋へ上がった。
「驚かねぇんだな、最後に会ったのはもう何年も前だってのに」
「驚きましたよ。江戸に戻って、手配書で晋助の安否を知りました。まぁ元気でやってるんだなぁと思ってたんですが、いきなり来るんですもん」
「指名手配犯をすんなり家に上げちまって、悪い先生だ」
「晋助は、指名手配犯の前に私の旧友ですからねぇ。友達は大事にしなさいって子どもたちに教えてるんですよ」
「・・・そうかい」
くっくっと喉の奥で笑う晋助の声を後ろで聞きながら、台所でお茶を用意する。
「団子食べます?」
「・・・あぁ」
戸棚から団子を出し、晋助の所へ運ぶ。
腰を下ろし、皿を置くと晋助は団子に手を伸ばした。お腹が減っていたのだろうか。
「片目、見えないんですか」
「あぁ・・・戦争でな」
「そう、ですか」
「んな顔すんな」
そう言われて、私は顔をあげる。誤魔化すように笑って見せた。
もう、十年も前のことと割り切ったつもりでも、そこに触れるとやはり考えてしまう。
皆と年が同じくらいであればとか、もう少し力があればとか。結局のところ私が彼らにしがみついてでも、ついて行く力が無かったのだ。
「銀時と仲良くやってるみてぇだな」
晋助は咀嚼しながらぽつりと言った。
「・・・やっぱり銀時が江戸に居るのも知ってるんですねえ」
「お前は、恨んじゃいねぇのか。あいつや、俺を。・・・結局先生を、」
「そんなことを聞きに来たんですか」
半分ほど、顔が髪に隠れ表情は見えないけれど、多分不機嫌そうな顔をしているのだろう。そして、恨んでいると言ったらきっとこの人は満足そうに笑うのだろうと思う。
「私のことも、松陽のことも、助けようとしたんでしょう。・・・でも、晋助の中では、それじゃぁ駄目だったんでしょうね。だから、今でもあなたは戦争を続けている」
「碧、お前はいいのか。こんな・・俺たちから大事なもんを奪っていった世界で」
冷たさを帯びた声だった。
彼らが戦争で何を見てきたのか、辰馬さんや小太郎からそれとなく聞いた。でも、それはほんの一握りのことで、晋助の抱えるものを推し測るにはあまりにも陳腐だった。だから私は否定することも、肯定することも出来ない。
「・・・わかりません。でも、こんな世でも、暖かい人達が居て、笑っている人たちが居て、子どもたちが、ちゃんと育っていってるのは確かです」
じっと見つめながらそう言うと、晋助は小さく口の端を上げる。
「それは、遠回しに俺にもうやめろと言ってるのか?」
「何かするつもりですか?」
「そうさなぁ」
「・・・あなた達は、自分が納得するまで、やめろと言ってもやめないでしょう。でも、子どもたちを危ない目に合わすのは避けて欲しいですねぇ」
「ガキを殺す趣味はねぇさ」
「そうですか?それならいいですけど。私は・・自分の信念を通しているのなら、それでいいと思います。ただ、晋助にも、銀時と小太郎にも・・・生きていて欲しいです」
この人からすれば、平和ぼけしたことを言っているのだと思う。でも、それが全てだった。
ふっと笑った晋助の表情は、予想に反して優しく、どこか哀しみを含んでいた。
「碧は・・・先生に似たなァ」
「そうですか?そうだと、嬉しいです」
「あと、綺麗になった」
するりと出て来た言葉に、どう答えていいのかもからず、私は笑顔で応える。
「なぁ。お前のことだから、あっちで剣も続けてたんだろう」
「はい。あの頃よりは、強くなれたつもりです」
「昔も弱くは無かったさ」
「やめてください、そんな風に言われると」
「銀時の野郎の言うことなんざ聞かずに、付いて来たかったと思うか?」
「・・・はい」
晋助は口元に笑みを湛えたまま、私の腕を引いた。
態勢を崩し、もう片方の手を付く。
晋助の顔が目の前にあった。
「なぁ、俺と来るか?」
どきりと心臓が跳ねる。彼の瞳の奥に強く鋭い光を見た気がした。
「・・・ごめんなさい。私は、ここで、育っていく子どもたちを見ていたいので」
「そうか」
晋助は私がそう言うのを分かっていたみたいで、なんとなく満足そうだった。
「てめえはてめえの道をもう進んじまってるってわけかい」
手を解放され、ほっと息をつき姿勢を戻す。
「はい。でも、ありがとう。ちょっと嬉しかったです」
緩んだ私の顔を見て、少し驚いたように目を見開いた後、晋助は頭をかいた。
「・・・変わらねぇなぁ。碧、てめぇももういい女だ。ちょっとはその警戒心の無さをどうにかした方がいいんじゃねぇか」
「小太郎にも無用心だと言われましたけど・・・もう子どもじゃないんだから、そんなに心配しなくてもいいですよ」
「そうかよ」
溜め息混じりに体を私の方へ向ける晋助は、内緒話をするときのように、人差し指でこっちへ来いとジェスチャーをした。
「なんです?」
不思議に思い、体を寄せる。
手が延びてきたかと思うと、そのまま晋助の腕の中に抱きすくめられた。突然のことに、非難の声をあげようとした私は首筋に走る小さな痛みとこそばゆさに口を結んだ。
「っ・・・し、晋助っ・・!」
私の首筋に顔を埋め、きつく吸い付く。ぬるりとした舌の感触。くっと声を押しとどめた。
身を捩ると、晋助の腕に力が籠るのがわかる。
体に宿る熱が晋助から伝わるものなのか自分のものなのか、分からなくなるほど、数秒の時間がとても長く感じた。
「・・・こういうこともあるってこった。なぁ、先生?」
急にするりと腕が解かれ、私は距離を取る。
晋助は私の顔を見て、にやりと笑う。
「いつから・・・こんなことするようになったんですか、もう」
立ち上がる晋助の姿を追って見上げると、頭をくしゃりと撫でられた。
「じゃあな」
「帰るんですか」
「続きを教えて欲しいか?」
「・・・からかわないでください」
不服そうな顔を向けると晋助は楽しそうに笑って、そのまま裏手の方から振り返ることもなく、出て行ってしまった。
昔はあんなからかうようなことしなかったのに。顔がまだ少し熱い。首筋に手を当てる。
「絶対痕ついてるじゃないですか・・・」
私は溜息を付くしかなかった。