町の外れ、通り沿いから一軒の平屋に灯りがついているのが見える。
表の庭に面した窓が開いていて、娘が一人、本を片手に縁側に座っていた。
それを眺めながら腰高ほどの木製の柵に沿って歩き木戸を開けると、静けさの中、キィという軋んだ音が嫌に大きく響いた。
それに気付き、娘は顔をあげる。
「あら、小太郎と・・・」
「エリザベスだ」
『はじめまして』
「はじめまして、いらっしゃい」
碧はにこりと微笑んだ。
いつものように碧は台所へ行き、湯呑みを出してくる。
俺は縁側で草履を脱ぎ、部屋へ上がると外から見えぬよう障子を半分閉めた。
「エリザベスさんは・・・ストローが要るかしら」
『大丈夫です。お構い無く』
碧の声にエリザベスはプレートで答える。
「碧、夜は戸を閉めておけと言ったであろう。不用心だぞ」
「いい風が入るでしょう。寝る時はちゃんと閉めてますよ」
気にした風も無くそう言って、碧は熱い茶を出してくれた。
「触ってもいいですか?」
目を輝かせながら言う碧にエリザベスはこくりと頷いて手を差し出す。彼女はそれを嬉しそうに握った。
「坂本が送ってきたのだ。可愛いだろう」
「辰馬さんが?ふふ、小太郎のことよくわかってるんですねえ」
二人の様子に口元が綻ぶ。俺はそれを眺めながら茶を啜った。
「碧・・・、今日は謝らねばと思って来たのだ」
「なんですか?」
「俺はてっきり銀時と碧が互いに江戸に居るのを知っているものと思っていた。仕事であっちの方に出ることもあるだろう」
「あぁ、ついこの間、偶然に会いました。どうして小太郎が謝るんです?」
「いや・・・少し前に銀時と会ったが碧の居場所を伝えなかったのだ。碧が話に出さないし、触れぬ方がいいのかと思ってな。あの時のことを怒っているのかと」
碧は少し驚いた顔をして、ぷっと可笑しそうに噴出した。
「怒ってなんていませんよ。私を想ってしてくれたことだとわかってますから・・・小太郎は変なところで気を回しますね」
「変なところでとはなんだ」
「そういうところはずけずけと突っ込んでくるのに」
冗談交じりに言いながら、俺が眉間に皺を寄せているのを見て、碧はまた破顔する。
「話に出さなかったのは・・・そうですねぇ・・。小太郎と晋助を手配書で見て、皆、ばらばらに動いているんだなぁと・・それは知っていましたし、少し怖かったのかもしれません。銀時の居場所を知ったとして、会いに行くのが。会ってみればそんなもの全部吹き飛んじゃいましたけど」
「そうか・・・この前、銀時に会った時に散々文句を言われた。何故碧が江戸に戻っていることを言わなかったのかと」
「そうなんですか、銀時が」
少し驚いたように俺を見たあと、碧は目を伏せる。
「他に何か言ってました?」
「あぁ、碧が良いと言うなら行くなとは言わないが、面倒事に巻き込むようなことだけはするなと」
「そうですか」
「あぁ、暫く離れて過保護になったようだ」
「うふふ、それはそれで、少し嬉しいですね。あれから、たまに来てくれますよ、銀時」
「そのようだな」
顔を綻ばす碧に、俺も笑みを返す。
「・・・俺も、碧を巻き込むつもりはない。銀時もここへ来るようになって、碧も寂しくは無かろう」
湯呑みに口を付けるのを、碧はじっと見ていた。少し困ったような悲しそうな表情で。
「もう、来ない方がいいだなんて、思ってますか?」
「・・・それも少し考えた」
「あなたたちにとっては、私はずっと背中を預けるに足らない存在かもしれないけれど。皆と離れて、何もしていなかったわけではないんです。ここに来てくれる子どもたちを、守れる程度には強くなったつもりです。だから・・・」
「安心しろ。考えはしたが、やめたんだ。・・・女一人守れぬようでは国は取れんからな。それに、俺にとっても碧は妹みたいなものだ。時折顔を見に来るくらいは、許してくれ」
「当たり前です。あなたたちが・・・小太郎が来なくなる時は、あなたの道に、やるべきことに向かう時なのだと思ってます。だから、そうでなかったら怒りますよ、私」
「ははは、そうならぬよう努めよう」
そんなことを微笑みながら言う碧を見ていると、つくづく先生に似たのだなと思う。
そして幼少の頃を思い出す。
小さいながらに銀時や先生の太刀筋をずっと見て育って来た碧は、力押しには負けるものの、それを流し避けるのが上手く、銀時や高杉もなかなか決まり手が取れず手こずっていた。それでもやはり、戦争に赴く時には碧はまだ小さく、戦場へ出すわけには行かなかった。それが今や立派な先生だ。
年の頃が同じであれば、もしかしたら一緒に戦場に立っていたかもしれない。銀時は反対しただろうが。
「碧は、あちらでも修業していたのか?」
「えぇ、勉強しながら道場破りなんかしてましたねぇ」
「なんだと!?高杉みたいなことを・・・」
「仕方ありません、あなたたちのようなお兄さんを見て育ちましたから」
溜息を付くと、碧は可笑しそうに声を上げた。
服の裾を引かれ、隣を見やる。
『桂さん、そろそろ』
エリザベスに言われ、時計を見やるともう亥の刻を過ぎていた。
「そうだな。遅くにすまなかった。お暇しよう」
「あら、もうそんな時間ですか・・・エリザベスさん、小太郎をよろしくお願いしますね」
『勿論です』
碧はエリザベスの手をもう一度握った。
縁側に出て、草履に足を通す。
「小太郎、また、来てくださいね」
「あぁ。だからそんな顔をするなと言ったであろう。碧は笑っている方がいい。行くぞ、エリザベス」
『おやすみなさい』
「おやすみなさい」
後ろからエリザベスが追いかけてくるのを確認して歩を進める。
姿が見えなくなるまで碧は縁側に立っていた。
「なぁ、エリザベスよ。あれは俺たちの先生が残した宝だ。あれのためにも、国を天人の成すがままにする訳にもゆくまい」
『桂さん・・・惚れてるんですか?』
「馬鹿を言うな。妹みたいなものだと言ったであろう。それに俺は人妻が好きだ」