見廻りの最中だった。
ぎゃぁぎゃぁと騒がしい声に、ふと空き地に目をやった。
少しばかりガタイの良いガキどもの中に背の低いガキが一人。なんだ、子どもの喧嘩か。そう思い、通りすぎようとしたが、少し面白い具合になってきたところのようで、足を止めた。
チビの方が以外にも健闘している。うまく拳をかわし、投げる。体の使い方がうまい。
「へぇ」
「元気がいいですねぇ」
隣でした声に俺は顔を向ける。いつの間に。
少し呆れたような、でも柔らかな笑顔を浮かべる女。
大人が二人、子どもの喧嘩を微笑まし気に眺める姿は、PTAに止めに入れと怒られそうなものだ。
「あんたは、あいつらの誰かの母ちゃん・・・って訳じゃ無さそうだなぁ」
それにしては若すぎる気がするし。
チビがガタイの良いガキどもを全員なぎ倒し、こちらに気付いたかと思うと、走り寄って来る。
「・・・先生、何やってんの」
「ふふ、元気だなぁと思って見てたんですよ」
「言っとくけど喧嘩仕掛けてきたのあっちだから!!俺じゃ無いから!」
そう言ってチビは頭をガードする。
先生・・・。あ、もしかして。
「はいはい。わかっていますよ。余計な怪我はさせていないみたいですし、よくやったと言っておきましょう」
嬉しそうに見上げるチビの顔を見る限り、先生はよく慕われているようだった。
「じゃあ、俺もう帰るね。また明日ね、先生」
「はい。また明日」
二人は何事も無かったかのように手を振り別れる。
「先生」
俺が呼ぶと女は微笑んだまま顔を向け、窺うように首を傾げた。
「もしかして、碧先生ですかィ?」
「あら、そうですが」
「あぁ、やっぱり。スナックで働いてますよね。近藤さんが話してやした」
「まぁ、近藤さんが・・・あの、もしかして、沖田さんですか?」
先生に名前が知れていて、俺は目を見開く。それを見てやっぱりと言うように口元を押さえ笑う。
「私も、近藤さんやトシさんからよくお伺いしてますよ」
「・・・随分親し気ですねィ。近藤さんはともかく、あの土方さんが隊内のことを話すたぁ」
「あ、すみません。でも、世間話程度ですよ。他で口外するようなことはしませんので」
「いえいえ、別にとっ捕まえようって訳じゃねぇんで。気にしないでくだせぇ」
「それはよかった」
よく笑う女だなァと思う。穏やかな雰囲気の、あいつの好きそうな女だ。
だからだろうか、ちょっと興味がわく。
「先生は何してんですかィ、まさかガキの喧嘩見に来たってことはあるめぇ」
「今日は仕事が休みなので、ちょっと買い物がてら散歩を」
「そうかィ、じゃぁ散歩の休憩がてら、茶にでも付き合ってくれねぇですかィ」
「あら、見回り中では?」
「まぁそうなんですがねィ。一日中仕事みてぇなもんだ。休憩も必要でさァ」
「ふふ、ではご一緒しましょうかねぇ」
俺たちは肩を並べて歩き出した。
表の通りに出て、近くの団子屋へ向かう。
「よく話を聞いていたせいか、初めて会った気がしないですね」
「そうですねィ、聞いてたよりも先生はナンパに引っ掛かりやすそうでィ」
「ナンパしてたんですか?」
「・・・訂正しやす。思ったより抜けてらァ」
「そうですかねぇ」
やんわりと答えながら先生は俺の隣に腰を下ろす。
店の旦那にみたらし団子を注文し、運ばれて来た茶を啜る。
「あのガキは、先生が教えたんですかィ?あの身のこなしも」
「えぇ、読書きと護身術を教えてます。体を鍛えることと精神を鍛えることは通ずるものがありますから」
「じゃぁ、あんたもなかなか腕が立つのかィ」
「ふふ、真選組の方には及びませんよ」
それが本当なのか謙遜なのか確かめてみたい気もしなくは無い。
が、一般人の女に刀を向ける訳にもいくまい。
「お待たせしました」
「おぉ、きたきた。まぁ先生、食いなせぇ」
「はい、いただきます」
団子の串を一本取り、口に運ぶ。美味い。先生も手を添えながら団子を咀嚼する。顔を綻ばす様子が年上の女と思えないほど無邪気で、柄にもなく可愛らしいなどと思う。
「沖田さんは、話に聞いてたより可愛らしい方ですね」
「・・・男にんなこと言うもんじゃァねぇですぜィ。嬉しくねぇや」
「ふふ、ごめんなさい。トシさんから聞いて、怖い方なのかと思っていたので」
「一体何を言ったんでィ、あの人は」
「よく斬りかかってくるとか、バズーカ向けてくるとかいろいろです」
先生は可笑しそうに笑う。
そういえば、ついこの間近藤さんが、先生と万事屋が知り合いだったとかなんとか言っていたことを思い出す。
「先生、万事屋の旦那とも知り合いなんでしょう」
「万事屋・・銀時ですか?」
「そうそう、近藤さんが世間は狭いって随分笑ってやしたよ」
「うふふ、ほんとですねぇ。銀時とは昔馴染みなんです。それにしても真選組の方にこうも知り合いが多いとは。銀時は何かしでかしたんですか?」
「何かっていうかまぁいろいろと」
「仕事上のことですからね。すみません、立ち入ったことを聞いてしまって」
「いえ。まぁなんだかんだ腐れ縁みたいなもんで、よく遭遇するんでさァ。安心してくだせぇ。今のところ逮捕すれすれのとこまでしか行ってないんで」
「そうですか。それならよかった」
そう言って嬉しそに微笑む先生の目が、あの小さなガキに向けられたものと少し似ているような気がした。
その後も、俺が話すのを先生は楽しそうに聞いていた。本当によく笑う人だと思った。
人を落ち着かせるというか、気が抜けるというか。
そういうところは旦那に似ているのかもしれない。
「よぉ、仕事サボってデートですか?この税金泥棒が」
俺は食い終わった団子の串を咥えながら声のした方へ顔を向ける。
「あぁ、噂をすれば」
「銀時じゃないですか」
万事屋の旦那は不機嫌そうな顔で俺たちを眺めていた。
「なんなの真選組は。上司が上司なら、部下も部下だなぁ、おい。碧たぶらかすのやめてもらえませんかねぇ」
「あのマヨラー星人と一緒にしないでくだせぇ。旦那も食いますかい?団子」
「マジでか。いやぁ悪いねぇ総一郎君」
「総悟です」
さきほどの態度はどこへやら、悪びれた風もなく平然と俺と先生の間に旦那は腰を下ろし、店主に団子を注文している。ってか、狭い。
「旦那、なんでわざわざ間に座るんでィ」
「そりゃぁてめぇ、ここが開いてたからだよ。てかなんで碧はこのドS王子と団子食ってんの」
「さっきお茶に誘われて。近藤さんたちからよく沖田さんの話を聞いていたものですから、少しお話してみたくて、うふふ」
「うふふじゃねぇよ、ったく。よく知りもしねぇ相手にほいほい付いてくんじゃねぇよ」
「すみません」
「分かってんのか?ほんとに」
困ったように笑う先生と、珍しくむきになる旦那を見て、あぁなるほどと思う。
「これはすいやせんねィ。旦那の女だったとは知らねぇで。先生も言ってくれりゃぁいいのに」
「は!?」
「あれ、違うんですかィ」
「何言っちゃってんの、沖田君。違うって、俺たちはそういうんじゃ・・なぁ」
「はい、お付き合いをしている間柄ではありませんよ」
はっきりと言う先生に対して、旦那は少し微妙な表情をする。
これは面白い。俺は腰を上げた。
「へぇ・・・じゃぁ、行きやしょうか、碧先生」
「へ?」
「お暇なんでしょう。もう少し付き合ってくだせぇ」
「オイオイオイ、ちょっと待て」
「なんですかィ、旦那はゆっくり団子でも食って行ってくださいよ。勘定は済ませときやすから」
そう言って微笑みながら先生の手を取る。
「あの、沖田さん・・・?」
小首を傾げながら立ち上がる先生のもう片方の手を、万事屋の旦那は素早く掴む。
「おい、離せよ」
「なんでィ、旦那。野暮ですぜィ」
「悪ィが碧は、何しでかすか分からねぇドS野郎と一緒に行かせる訳にはいかないんでな」
俺と旦那は先生の手を放し獲物に手を添える。
「あんたの女でもねぇんなら、関係ないだろ。何のつもりですかィ」
「何だって・・そりゃぁ、俺は碧の、お兄ちゃんじゃボケェエエ!」
同時に刀を抜いた、と思った瞬間だった。
ゴッと鈍い音がして頭に激痛が走る。旦那も腹に蹴りをくらい呻き声をあげながらその場に蹲った。
「いってぇ・・・」
「みっ・・鳩尾に入ったぁぁ・・・」
「往来でそんなもの振り回すんじゃありません」
のたうち回る俺たちを、先生は静かな笑顔で見下げていた。
「おい、やっと見つけたぞ。いつまでもサボってんじゃねぇ・・・って何やってんだ」
「あ、副長さん、お疲れ様です」
「碧・・先生じゃねぇか。これはどういう」
「すみません、銀時と沖田さんが喧嘩しそうだったので」
「そりゃぁうちのが迷惑かけたな」
「いえ、こちらこそ」
ちょっと万事屋の旦那を揶揄うつもりだったが、とんだご破算だ。
面白れぇ女。まだじんじんと痛む頭を押さえながら先生の横顔を見つめていた。