「ぎ、銀さん、あの」
「あぁ?あ・・・」
襖が開き、俺はめんどくさそうに顔を向けた。
そして、新八の後ろに立っている姿が目に入った途端、言葉を失った。
高杉と刀を交えて数日、俺は新八の家で療養というか監禁状態になっていた。
にも関わらず、当初より重傷になっているのはこの屋敷の罠にかかってしまったからで。
「碧・・」
横になっているしかない状態の俺を見て、碧は少し悲しそうに笑った。
「誰から聞いた」
神楽や新八たちには碧に知らせるなと言っておいた。
あんな顔をするのが、分かっていたから。
「小太郎に聞いて、万事屋へ行ったらお登勢さんがここだと」
「あいつ・・・」
俺の傍らに座って、碧は目を伏せる。
「やっぱり晋助を、止めた方が良かったんですかねぇ」
「お前が言っても聞くような奴じゃねぇよ」
「そう、でしょうね」
暫しの沈黙に、俺は言葉を探すように天井を見る。
しかし、それを破ったのは碧の方だった。
「それにしても、また随分と派手にやられましたねぇ」
「いや、俺もっと軽傷だったよ!?ただちょっと昨日変なやつらがここに来て巻き込まれて・・・」
「はいはい。ご飯ちゃんと食べてます?」
「あ?あー・・・一応?」
新八が作るものは良いが、あの黒焦げのダークマターを想像すると素直にはいとは言えない。視線を逸らす俺に、碧はくすくすと笑う。
「何が食べられますか?」
「え、作ってくれんの」
「そのつもりで、少し買い物をしてきたんですが」
「いやもう何でも食うよ、マジで。お前の作ったもんならなんでも食える」
「ふふ、食欲があるなら、大丈夫そうですね。少し待っていてください」
そう言って部屋を出て行く碧の後ろ姿を目で追いながら、どうせばれるならもっと早く来てもらえばよかったなんて思った。
*
「あ、新八くん。少し台所お借りしますね」
「は、はい」
微笑んで言う碧さんの表情に、僕は戸惑っていた。銀さんに碧さんには伝えるなと言われ、心配を掛けたくないのだろうとその通りにしていたけれど。碧さんは結局ここに来てしまって。それでも碧さんはいつものように平然としている。銀さんを大切に思っているのは知っているから、いろいろ思うところもあるだろうに。
台所へ案内しながら、僕は言葉を探していた。
碧さんは机に風呂敷を広げ、仕込みを始める。少しの間、それを眺めてから僕は意を決して口を開いた。
「あの、碧さん」
「はい?」
「すみませんでした!!」
「何がです?」
きょとんとした顔の碧さん。
言い淀む僕に碧さんはくすりと笑う。
「多分銀時が私に伝えるなと言ったんでしょう」
「・・・は、はい」
「新八くんが謝るようなことはありませんよ」
「でもっ、でも僕たちは・・・銀さんの側に居たのに、あんな」
「新八くん」
静かな、優しい口調だった。
「はい・・」
「ありがとう。銀時と一緒に居てくれて」
「碧さん・・・」
「銀時は、一人でも行ってしまうような人ですから。だから、感謝しています。そんな顔しないで、ね?」
僕は顔をあげ、笑った。僕まで心配をさせてしまった不甲斐なさを隠して。
「銀時と・・・晋助は、よく喧嘩をしてました。小さい頃から」
碧さんはぽつりぽつりと話し始める。
「まだ、喧嘩をしてるなんて、可笑しな話です・・・でも、私たちは小さい頃から、自分の信じる、自分の武士道を探し、歩めと教わって来たものですから。互いの道がぶつかってしまうのも、仕方の無いことと思っています・・・だから、謝るのは私の方ですよ。新八くん・・あなた達にとって、晋助は敵かもしれないけれど・・・・」
そこまで言って碧さんは珍しく迷ったように口を閉ざす。
「ごめんね」
そして、困ったように微笑んだ。
きっと碧さんは、僕たちが次にあの人と対峙することを考えたのだろう。そして、僕たちが躊躇うことの無いように、最後まで言葉を繋げなかったのだろう。
「碧さん・・・碧さんは、もう少し自分のことを思いやった方がいいと思います」
「・・・私は十分、自分のことを考えていますよ」
僕はそれ以上何も言えなかった。
一瞬見た苦しそうな笑みに、どれほどのものを、感情を抱えているのか僕には想像もつかなかった。銀さんなら、なんと言うだろうか。どこまでも優しい、この人に。
*
戻ってみると神楽ちゃんやお妙ちゃんが居て、部屋の中はわいわいと賑やかになっていた。私の姿を見て、銀時が嬉しそうな顔をするのが、餌を待つ犬のようで思わず笑ってしまう。
「おい、お前らちょっと出てけ!」
「なんでアルかー!」
「神楽ァ!テメェ絶対横から飯つまんで来るだろォ!!ゆっくり食えやしねぇ!!ダメだかんな!俺のだかんな!」
「はいはい、神楽ちゃん。行きましょうね」
お妙ちゃんは笑って神楽ちゃんの手を引く。
「そんな、追い払わなくても」
「碧ちゃん、いいのよ。銀さんに、会うの久しぶりだって聞いたから・・・ごゆっくり」
「あ、台所にまだ残ってますから、お妙ちゃんも神楽ちゃんも、食べてくださいね」
「ほんと!?ありがとう碧!!」
走っていく神楽ちゃんを追ってお妙ちゃんも出て行ってしまう。
可愛らしいなぁとその姿を見送って、私はお膳を持って銀時の側に座った。
アジの南蛮漬けとほうれん草の煮びたし、汁物、混ぜご飯が乗っていて、それを見た銀時は目を輝かす。
「自分で食べられます?」
「いや、無理そう。食わせて」
「はいはい」
こうして素直に甘えて来るところは可愛いと思う。
汁物をゆっくりと口に流し込み、次にほうれん草を口元へ持っていく。
「はい、あーん」
「あー」
咀嚼している間に魚の身と骨を分ける。
銀時が口を開けて待っているので、私はまた箸を運ぶ。
「口に合いますか?」
「あぁ、最高だよ、美味すぎて涙出てくる」
「大げさな」
「おま・・・もしかしてお妙の兵器知らねぇのか!?」
多分たまにスナックすまいるに持ってきているあれのことだろう。
口に入れたことは無いが、皆の様子を見るに味の想像は容易い。銀時に笑顔を向け濁しておいた。
暫く無言で銀時にご飯を運ぶ作業を続ける。
その間、新八くんに余計なことを話してしまったなぁと考えていた。あの子は純粋で優しいから、きっと私の言おうとしたことも察してしまっただろう。
私にとっては、銀時も晋助も大事な旧友で。だからどちらが選ぶ道も信じているというのは、虫のいい話だ。こんな怪我をして、もう昔の頃のようなただの喧嘩で済まないことはわかっているのに。そんな自分勝手なことをあの子に背負わすなんて。大馬鹿者だ。
「はい、これで最後です」
「あー」
ご飯を一口食べさせて、私は箸を置く。銀時はもぐもぐと噛み締めてから飲み下した。
「ご馳走さん」
「お粗末様でした。早く怪我、治してくださいね」
「当たり前だ。こんな危ねぇとこ長居してたまるか」
軽口で答える銀時に、顔が綻ぶ。
私は銀時に、新八くんのフォローを頼もうかと思い、やめた。
私から、さっきの話は気にしないで欲しいなんて伝えると余計に考えさせてしまいそうだし、銀時に変に心配をかけるのも憚られた。
新八くんには、銀時が居るし、銀時には新八くんたちがついている。今はこれ以上何も言わない方がいいのだろう。
「碧?」
「私、そろそろ帰ります」
「お、おう、悪いな忙しいとこ」
「いえ、またご飯作りに来ますね」
「あぁ、頼まぁ」
銀時は目を細めて口の端をあげる。
その優しい目に私も笑みがこぼれる。
もう少し見て居たかったけれど、私は部屋を後にした。