相澤が現場に到着した時には、辺りはシンと静まり返っていた。
数分前、相澤の元にヴィランによる強盗事件発生に伴い要請が入り、その際電話口で聞いた犯人の特徴は熊のような容貌の大男だった。
はずなのだが、その特徴と一致する男は黒い棘に串刺しにされ気を失っている。
棘の発生源である小さな塊の側に倒れている女性が一人、他にも怪我人が何人か見受けられた。
ウニか何かの個性か?と相澤は思った。
相澤は一先ず、それに個性を発動する。異形型の個性は消せないが、この長く伸びた棘を抑制するくらいは出来るだろうと踏んだ。相澤の思惑通り、棘はシュルシュルと縮んでいったのだが、その棘の本体の姿が見えた時、ひくりと眉が動いた。
子どもだ。まだ小さな子ども。
棘はゆるゆると形を崩しながら小さな体に戻り、その黒はじわりと肌に溶けて行くように消える。
少女はしゃがみ込んだまま、大きな瞳からぽろぽろと大きな粒を零しながら「ごめん、なさい。ごめんなさい」と呟いていた。
ヴィランに遭遇し個性が暴発したのだろう。気を失ったヴィランと怪我人の搬送を待機していた警官に任せ、相澤は抹消を解除し少女にゆっくりと近寄る。
棘を出したせいで服が破れているが見た所怪我はしていないようだ。

「大丈夫だ、もう大丈夫」

少女の肩が小さく震える。
白い肌に再び黒が浮かび上がって来るのを見て、相澤はもう一度個性を発動させた。手を伸ばしてやると、恐る恐るといった様子で少女が触れてくる。それから確かめるようにぎゅっと指先を握る。相澤の髪がパサリと垂れる。肌は白いまま。

「名前は?」
「…みょうじ なまえ」
「なまえちゃん、どこか痛い所は無いか?」
「ぅ、おかあさんっ…おかあさん、さしちゃった」

相澤は近くで倒れていた女性の方に目をやる。
担架に乗せられ、運ばれる最中その女性が起き上がろうとするのを救急隊員が「動かないでください!」と慌てて制止した。

「なまえ、…なまえ」

か細い声になまえは顔を上げる。

「おかあさん」
「だい、じょうぶ…こんなんで、死なないから、だいじょうぶだよ」

女性は眉間に皺を寄せながらも、なまえに笑って見せた。







「イレイザーヘッド、すみません」
「いえ」

病院の待合室、相澤はソファに座ったまま塚内警部に答えた。
自分の腕にぴとりとくっついて眠っているなまえに視線を向ける。
事件の後警察に引き渡そうとしたのだが、なまえに個性発動の兆候が見られたため、相澤は今病院の待合室で彼女の付き添いを任されている。泣き疲れたのだろう、病院に着き腰を下ろすとなまえは重い瞼に抗えず、早々に寝入ってしまった。

「犯人は」
「重症でしたが、一命は取り留めました」
「そうですか」

相澤は内心ほっと胸を撫でおろした。犯人の生死よりも、この小さな女の子が事故であれ殺人者というレッテルを張られないことに安堵した。塚内はなまえを起こさないように小さな声で話を続ける。

「なまえちゃんの母親も今は麻酔で眠っています。明日には目が覚めるだろうと。どうやら通りすがりのところ犯人と遭遇しただけのようですが、明日一応聴取します。それから、なまえちゃんの個性ですが、《装甲》と登録されていました」
「装甲…」

確かに、自分を守るように黒い棘が伸びていた。服が破れていた箇所から推測すると背中や腕、自分を傷つけない箇所からは直接棘が生え、頭上や前方は黒い壁のようなものが
発生しそこから棘を出していたように思われる。

「詳細には彼女に危害を加える物に対して本人の意思とは関係無く発動する、あの体の表面に出る黒い痣みたいなものは危機察知の役割を果たしているのではないかとありました。攻撃性があるだとかは書かれていません」
「ん、そのあたりはまぁ当人と、母親に聞いてみないことにはわからないでしょう。他の家族とは連絡取れました?」
「あぁ、はい。先ほど。おばあさんが電話に出られました。今から送っていくつもりですが、また個性が発動するようだと一時施設で保護という形になりますね」

相澤はなまえを起こさないようにゆっくりとした手つきで、小さな体を包んでいた毛布と一緒に抱き上げる。

「車中で目覚めて何かあってもあれなんで、同行します」
「助かります」

塚内は笑みを浮かべる。子どもには優しいんだな、と思うが口には出さない。







車の中でパチリと目を開けたなまえの頭を撫でてやりながら、相澤は母親の無事と今から家に帰るのだということを話した。なまえは「よかった」と小さな声で言って、またぽたりぽたりと少しだけ涙を零した。

「ついたよ」

車を停め、塚内は後部座席を見やる。