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「いやぁ、スイクンの素晴らしさを知ってもらえて良かった!アッシュ、また会おうぜ!」
一方的なスイクン語りと美味しい野菜と木の実の煮物を中心とした食事に舌鼓を打ち、元気を取り戻したミナキはそう言って颯爽と去って行く。
「凄い人だな」
「昔からあんな感じだよ」
まぁ、幼馴染みってやつになるのかなと言われ、先日久しぶりに声を聞いた自分の故郷の事を思い出す。
「俺も幼馴染みとは違うけど弟みたいなのが二人いるんだ」
全然連絡してなかったんだけどこの前久しぶりに連絡したよ、と告げるとそれはいい事だねと笑いながら食後のお茶を差し出してきた。
「それにしても、まさかマツバが待っているとは思ってなかったよ」
世間話程度にそう言うと、マツバはそうそうそれなんだけれどと話を切り出した。
「まぁ、君を待っていたのには理由があってね。さっき僕には千里眼があると言ったのを覚えてるかい?」
「本にもそう書かれてたな」
アッシュの言葉にこくりとマツバは頷く。
「いつも唐突に見えることが多いんだけど…先日、君が誰かと揉める姿が見えたんだ。いつになるのかまでは分からないんだが、気をつけた方が良いと思ってね。一応伝えておこうと」
そうしたら今日になって君がここに来るのが見えたんだよとことの詳細を語った。
そんな不思議な能力を持った人がいるのかぁとアッシュは何だか不思議な気持ちになったが、まぁそんな事もあるのだろうと思い「気をつけるようにするよ」と了解の意を示した。
それから風呂を借りた後、1度は部屋に入ったアッシュだったが、布団の真ん中を占領してぐっすりと眠るイーブイとは違い眠れずにいたアッシュはそのまま縁側へと出た。
随分明るいなと上を見上げると弓のような形をした美しい月が目に映り、アッシュはは近くの柱を背もたれにして腰掛けた。
すると暫くして、足音が近づいてきた為そちらを向くと酒瓶と盆を持ったマツバが近づいてくる。
「アッシュ君は飲めるかい?」
どうやら起きているのに気づいてわざわざ持ってきたらしく、大丈夫だと頷くとニコニコしながら猪口を渡されたので素直に受け取る。
マツバがそこへ並々と酒を注ぐと、鼻腔をくすぐる芳醇な香りがアッシュの周りを包んだ。
「結構良いヤツなんじゃない?」
「シンオウ地方で作ってるお酒だよ」
あそこは寒い地方だから酒造りには持ってこいらしいからねと良いつつ、マツバは自分の分の猪口にも酒を注いでいる。
そうなのかと思いつつ口を付けると、あまり辛味のないさっぱりした味わいで飲みやすいが他と比べてやはり香りが段違いだ。
飲み込んだ瞬間に鼻を突き抜ける香りはとても心地よい。
途中までは静かに月見を楽しみながら飲んでいたのだが、酒が入ったこともあってかアッシュは静かに口を開いた。
「……なぁ、ポケモンってのは死んだモノを蘇らせることが出来るのか?」
アッシュの疑問を聞いて、猪口に口を付けようとしていたマツバは付けずに顔を上げる。
「焼けた塔の伝説だね。僕も見たわけじゃないから肯定出来ない。けど、そう思えてしまうくらいに神々しいポケモンってのは確かに存在するんだ」
「それがホウオウだよ」と告げたマツバの瞳がスイクンについて語る時のミナキにそっくりだったので、アッシュはそこでようやくマツバとミナキが何故友人なのが分かった気がした。
猪口を傾けながら、そのままホウオウや伝説のポケモン達について話してもらう。
ホウオウの他にも三鳥、三聖獣、海の神、そして遠い地では湖の三神、海の化身、大地の化身、伝説のドラゴンポケモンというのもいるらしく、どうやらアッシュが知らないだけでポケモンにまつわる伝説というのはたくさんあるらしい。
「…ポケモンって凄いんだなぁ。俺は正直、ポケモンと殆ど関わって来なかったから全然知らなかった」
「そうなんだ?随分珍しいね?」
「ポケモン育てられるような器量ないしな」
「でもイーブイと一緒にいるじゃないか」
「それは……」
そこからはアッシュがイーブイと出会うまでの経緯を話した。
それをマツバは猪口を傾けながら静かに、時折笑いながらも黙って聞いている。
「……そんなわけでエンジュに来たんだ。そんで、マツバに会ったってわけ」
「へぇ、そうだったのか。てっきりポケモンに慣れてるものだと思ってたよ」
まさかそんな風に思われているとは思いもしなかったアッシュが顔を上げると、疑問が顔に出ていたらしくマツバは言葉を探してうーん、と唸る。
「なんだが、ポケモンと意思疎通出来てるような感じがしてたから」
「そうか?」
「うん」
現にうちのゴースが懐いてるしね、とマツバは続ける。
「さっきもゴースの言葉に何か頷いてたように見えたし」と言うマツバの言葉をアッシュは考えた振りをすることで誤魔化す。
言いたくない壮大な理由がある訳ではないが、単純に面倒くさかったのだ。
ポケモンの言葉が分かるなど、面倒事しか舞い込む気配がない。
だからアッシュは今まで人前でそんな素振りを見せぬようにしてきたし、これからもそうするつもりである。
とはいえ、イーブイと配達する事になった今では大分助かっている部分は大きいのだが。
「ま、話はこれくらいにして。明日も早いだろうから」
誤魔化す気配を察したのかどうかは分からないが、マツバがそう言ったことで小さな酒盛りはお開きとなったのだった。
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