□ □ □

「あれえ。ナマエちゃん。太りました?」

 でかいボストンバッグを肩から提げて、半兵衛はバカにして言った。バカにしたように、じゃない。確実にバカにしてる。

「うるせ」
「ナマエは夏太りするタイプだもんね〜」
「うるせー!」

 わたしは項垂れる。確かに半兵衛の言うことは正解で、夏の前と比べると今年は3kg増えてしまったのは事実である。女友達なら、『わたし、太っちゃって……』と言えば『そんなことないよー!』と返してくれるのだが、この男はそうもいかない。普通、人が遠慮して入ってこない個人的な領域にずかずかと土足で入ってきて踏みにじり、縦横無尽に足跡を付けていくようなヤツなのである。

「デリカシーってもんの欠片もないのね」
「生憎、生まれたときに落としてきて……」
「もう一回戻って拾ってこい」

 わたし達は今、悲しいかな二人きりででかいボストンバッグを各々持ち、横浜駅を早歩きで闊歩していた。もしサークルの友達に見られでもしたら、お似合いだの何だのと囃し立てられることは目に見えている。しかしもちろんそんな浮かれたものではなく、わたしの気持ちも、肩のボストンバッグも、ただただ重いばかりだ。

「ナマエさぁ、レジュメ何枚になった?」
「え、どっち。卒論? 和訳?」
「どちらも」
「卒論は3枚。和訳は1枚。」
「え、まーじで。俺卒論のレジュメも1枚しかないんですけどぉーオワタ」
「ハハハドンマイ」

 そう、わたしたちは、気の重いことに夏のゼミ合宿に向かっているのである。時は8月、気温は33度と夏真っ盛りの三浦半島に、何が悲しくてお勉強しに行かなきゃいけないというのだろう。1泊しかしないため、バッグの中身は1泊分の荷物の他は大量のレジュメと発表用の資料であり、もちろんキツキツのタイムスケジュールなので海で遊ぶ時間など皆無である。うう、折角海の近くの合宿所なのに……。窓から海見えるのに……。

「俺さぁ、海行けるの地味に楽しみなんだよね〜。部屋から海見えるんでしょ?! テンションあがるぅ〜。ねえねえ、去年どうだった? 海キレーだった? 泳げる海だった?」
「……………………いよ」
「ん?」
「海で泳げる時間……ないよ……」
「嘘、だろ……」

 さすがの半兵衛もそこまでとは思っていなかったらしい。あまりの落胆ぶりに「ど、ドンマイ!」と声を掛けると、「濡れてもいいようにTシャツ余分に持ってきたのに……」とのことだった。哀れな男である。
 夏休み。猛暑。折角の海でお勉強。合宿費13000円。電車代往復1600円。わたしたちの気分を盛り下げる要素は十分すぎるほどあるが、わたしがこの合宿に気乗りしないのには、他に理由が、ある。この合宿に参加するのは、計16名。内訳は、先生1名、3年生10名、4年生2名、院生が3名だ。何を隠そう、わたしたちは4年生。つまり、この合宿中、わたしの周りには半兵衛しか友達が居らず、気心の知れない先輩後輩に囲まれながら2日間過ごさねばならないと言うことなのだ。

「半兵衛、ゼミの3年生、仲良い子いる?」
「いるわけが」
「ですよね」
「ナマエは?」
「いるわけが。」
「ですよね。」

 しかも、わたしたちの一つ下、つまり3年生は、少し騒がしすぎると評判の学年であり、そしてゆるいことで有名なうちの豊臣ゼミにはかなりギャルっぽい感じの子やチャラ男っぽい感じの子が集まっているらしい。なぜ同じゼミなのに“らしい”と伝聞型なのかというと、今年の前期は豊臣先生の都合で異例の3・4年生別ゼミであったため、わたしたちは3年生とは初対面なのだ。唯一の接点である豊臣先生に、どういう感じの子たちですかと聞いても、『おう! 全員熱いハートの持ち主ばかりじゃ! 若いことはええのう!』と何の情報にもならないことを熱く語られるだけであった。それでも、同じ学年である4年生がもう少したくさん参加してくれれば心強かったのだが、4名就活、2名サボり、1名ドタキャン……ということで、最終的にわたしと半兵衛だけが残ってしまったのだ。

「やーだなー、3年生怖すぎるよー。どうしよ、死ぬほどチャラかったら。DQNばっかりだったら……」
「半兵衛、自分だってどきゅんでチャラ男じゃん。仲間じゃん」
「あのねー、前にも言ったと思うけど、俺モテるけどチャラくないし、軽いけどDQNじゃないの。常識あるの。大人なの。」
「って、半兵衛も奴らの仲間だったら、わたし一人だけ仲間はずれじゃん! 一人ぐらいまともそうなのいればいいんだけど……あー不安」
「聞けよ」
「だってさぁ、どーする? ギャル集団とチャラ男集団が乱交パーティはじめたら」
「俺も混ざる」
「死ねよ」

 合宿所についたらすぐに修士生たちの修論構想を聞き、昼食、わたしたち4年生の卒論進捗状況を発表、3年生の卒論構想、夕飯、飲み会。2日目は朝食食べたらすぐに、課題で出されていた英語論文の和訳を発表、昼食をはさみ、午前の続き、夕方ごろにようやく終わり、追い出されるように合宿所を出る。……地獄のようなスケジュールである。
 発表に次ぐ発表だけでも気が滅入るのに、更に憂鬱なのは飲み会である。豊臣ゼミの飲み会は伝統的に荒れる。何故って先生が率先して生徒達に飲ませまくるのだ。去年の合宿ではそれはもう屍累々、私自身も最終的にいつどこで飲んで吐いたのか記憶がないし、自分の部屋に戻りお行儀良くお布団敷いて寝ることができたのが自分でも不思議なくらいだ。

「飲み会……コワイ……ゆーうつ……」
「俺も、あんまりゼミ飲み好きじゃない。秀吉さま超飲ますし。お酒コワイ」
「しかも3年生たちみんなギャルだしチャラ男だしバカ騒ぎしそう。コールとかありそう」
「いやまだ全員チャラいと決まったわけじゃないって」
「なーんで持ってんの、なーんで持ってんの!」
「飲み足りないから持ってんの!」
「悪夢……」
「飲み会始まったら二人で抜け出そうぜ」
「それな」

 『二人で抜け出そうぜ』、ロマンチックな台詞に聞こえるかも、しれない。いや、違うのだ。わたしは少なくとも違うと思う。違うんだってば! 別に期待なんてしてないんだから! 電車の乗り換え時間が近づき、わたしたちは自然と早足になった。横浜駅に来るのは、実は初めてだ。思ったよりも人が多く、足を取られる。だから、仕方なく。仕方なく、わたしは半兵衛の袖を掴んだ。

夜が明けるまで傍に居て、

(140413夏合宿編全三話)

title by 涙星マーメイドオライオン