シャーベットムーンに住むこどもたち(3)
「あ、雨……嘘でしょ……」

 地下鉄の駅から地上に上ると、外は見事に雨だった。周りを見渡すと、道行く人はみな傘を持たずに頭を覆って走っているので、おそらく今し方降り始めたのだろう。
 天気予報でも雨が降るなんて全然言っていなかった。もちろん私だって傘なんて持ってない。駅からうちまで、走って10分。何とか走って帰れないこともないくらいの雨だけど、わざわざ濡れて帰るような急ぎの用事なんて私には考えつかなかった。しばらくぼうっと雨を眺めているうち、ここから地下道を通ったところに図書館があったことを思い出した。びしょ濡れにならなきゃならない理由なんてない。私は、雨がやむまで図書館で雨宿りをすることに決めた。

「地下道は確かあっちだから……」

 一度登った階段を降り、地下鉄の改札前に戻って、図書館への行き方を確認する。地下鉄の構内は入り組んでいて、方向音痴の私は何度か道に迷ったことがあるのだ。また迷ってしまわぬよう、構内図を見ながら慎重に道順を思い出す。自信が持てたところで出発しようと、最後に階段の方を一瞥した。何人かの人が走って地下鉄への階段を降りて来る。それをなんとなしに眺め、ふと、目にとまったのは、不自然に青い髪の——

「って、ヒソカ?!」
「あ、やっぱりここにいたんだ♦」
「なんで……」

 思わず漏れた『なんで』はまるで、来ることを期待していたみたいな響きで、自己嫌悪に思わず目を伏せた。

「ちゃんと戻ってきたんだねえ。エライエライ♦」
「そ……」
「逃げ出すんじゃないかって思ってたんだけど。『パパがいないからコワイよぉ〜』とかって泣きながら♥」

 ヒソカは頭から水を被り、びしょびしょだった。どうしてこの人は雨に降られながら、地下鉄の駅にいるのだろうか? どうして、私を見つけて嬉しそうに、『やっぱり』だなんて、言うのだろうか?

「逃げずに、偉かったね♥」

 ごく自然な動作で、ヒソカは私の頭を撫でる。

「触ら……ないで。濡れるから」
「ボクが迎えに来てそんなに嬉しかった?」
「そんなわけ……」

 それでも、私はヒソカの手を払いのけなかった。言うべき言葉はわかってるのに、出てこない。代わりに再び「なんで……」と呟いた。

「出た♦ ナマエの『なんで』」
「だって……」
「どの駅使うかなんて、だいたいわかるよ。まさか急に雨が降りだすなんてのは、まるでわからなかったけど♣」
「そ、そうじゃなくてなんで……」

 なんで私のことなんか迎えに来たの? なんで私のこと殺さないの? なんで私のこと、そんなに大事みたいに、するの?
 浮かぶ疑問はすべて、まるで期待する答えがあるみたいな、甘ったるいものばかりだ。思わず私は口を噤む。

「……ちょうど私が今着いた所だったから良かったけど。いつ帰ってくるかも知らないくせに、当てずっぽうに駅にくるなんて、どうかしてる」

 できるだけ、ヒソカを見ないように言った。瞳を見てしまえば、全てお見通しにされるような気がしたからだ。……何をお見通しにされるのかなんて、自分自身もわからないのだけれど。

「そんなの、全部わかるよ♦」
「え……?」
「キミのこと、ずっと考えてるから。」

 (え……)意識する間もなく、ヒソカは私の肩を抱き、階段を駆け上がる。翔るように、踊るように、軽々とステップを踏んでいく。

「さ、走って帰ろう。傘、なくてごめんね♣」

 着ていた上着を脱ぎ、ヒソカは私の頭に被せた。「あ……」何を言う間もなく、ヒソカは自然と私の手を取り、走り出す。顔に当たる雨は冷たく、火照った顔を冷やしてくれるようだった。……ちょっと待って、私、いつのまに顔が火照っていたの? ぐるぐると、混乱する頭を抱えて、走って行く。
 駅からうちまで、5つある信号は、不思議と全て青だった。ずっと走ってるのに、不思議と全然疲れない。
 ヒソカの上着は、私と同じ洗剤の匂いがした。一緒に洗濯しているから当然なのに、何故だかとても良い匂いだった。

(201129)
prev list next
Apathy