カタルシスの瓶詰め(2)
 私だって、父が存命の間に仕事で何度かパーティに出たことはある。そういう時は必ず、できるだけ目立たないように、あくまで主役たる父を立てる存在であることを周囲に示すように、地味なパンツスーツを着ろと命じられていた。それが私の仕事だったのだ。

「あのね。パーティにパンツスーツなんて、却って目立つじゃないか♠」

 と、その一言で私のこれまでの経験が一蹴され、見たこともないような高級ブティックに連れてこられ、しまいにはマネキン一式着させられるに至るまで、私はまるで赤子のように抵抗のひとつもできなかった。その間私は頭の中でひたすら『これは報酬のため。これは報酬のため』と唱え続けることで、なんとか心の平穏を保つので精一杯だった。

「おお。意外と似合ってるね♣ 馬子にも衣裳とは正にこのことじゃないか♦」

 試着室から出てきた私を出迎えたのは、そんなヒソカの乾いた言葉だった。

「これ全部買うお金なんて私、」
「もちろん、経費で落とすから大丈夫♣」

 『経費で落とす』ですって、またもや、ヒソカに似合わぬ、生活感漂う言葉選びに、私は目眩を覚える。

「ついでにこれも」

 そう言って、ヒソカは私のスッと左手に回った。やけに丁寧な仕草で、私の左手を持ち上げて掌の上に乗せたかと思うと、薬指にシンプルな金の指輪を差し込む。

「え、これって、」
「婚活男に言い寄られないようにね♠ 仕事の邪魔になる」
「そ、ういう意味、だよね、勿論……」

 腕を持ち上げ、目の前に手の甲を向けると、上品な指輪が目に入った。かつて心臓に繋がる血管があると信じられ、誓いの指輪をするに相応しいとされる左手薬指に、鈍く光るイエローゴールドがしっかりと居座っている。一生、付けることなどないと思っていた装飾品を、今さらこうして纏っている。

「もしかして、ドキッとした?♥」

 という、ヒソカの言葉に、ドキッとする。

「……馬鹿言わないでよ」

 こんな時に限って、ヒソカはいつもの滑稽なメイクをしていない。妙に漂う生活感の中で、呼吸をするだけでも大変だ。

(210320)
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