カタルシスの瓶詰め(5)
 イルミと名乗ったその人は、給仕がやってくるたびに呼び止め、色とりどりの料理をもぐもぐと食べた。繊細な包丁さばきで作られた、繊細なお味の料理たちを、まるでおにぎりでも食べているかのように次々と投げやりに口に放り込んでいくのを、私はぼうっと眺めた。

「キミは食べないの?」
「いや、一応、仕事って言われて来てるし……」
「この後どうせ捨てられることになるでしょ。もったいないから、食べといたら。栄養補給にはなる」

 イルミの言葉には、言外に『これからここで起こる惨劇』の結果が含まれているのだろうと思った。思い当たると同時に、重くてどす黒い罪悪感が胸の中を覆い尽くす。いや、私にはヒソカを止めることなんてできなかったんだ、という言い訳と。そもそも止めようとなんてしていなかった、自らすすんでのこのこ着いてきたんだろ、という俯瞰的な自責の念。2つの囁きに切り分けられた私の心臓が、バラバラになって飛散してしまいそうだった。

「……これから、殺すんでしょ?」
「主語目的語?」
「ヒソカが、新会長を。……ご令嬢の、父親を、殺すんでしょ?」
「ああ。アハハ」

 ちょっと考えるみたいに、親指と人差し指を開いて顎に当てるポーズをして、イルミは遠くを見た。抽象的な、あるいは詩的な意味ではない。本当に遠くの方を、何かを探すように見ていた。イルミの視線を追うと(めちゃくちゃ黒目がちなので追うのは一苦労だったが)その先には何人かのお上品な方々が談笑している。と、気がついた。その中に一人紛れ込む、禍々しい殺人鬼に。

「どうだろうね」
「どうだろうねって……」
「ナマエって、すごく……なんていうか。趣味が悪いよね」
「はい?!」

 突然投げ掛けられた不躾な言葉に、私は思わず大きめの声を出してしまった。慌てて口を押さえてももう遅い。数人のマダムがこちらを向いてヒソヒソと話しているのが見えた。しかしどうやら不名誉なことに私とイルミの痴話喧嘩と判断されたようで、口許に下世話な笑みを讃えたマダムたちによって、私の大声はただのゴシップとして消費されたようだった。よかった。いやよくない。

「何で、初対面のあなたにそんなこと言われなきゃいけないんです」
「ハハ。だってさぁ」

 もう一度、イルミは可笑しそうに笑った。この底意地の悪さ、流石ヒソカの友達だ。遠くに見えるヒソカは、パーティーの前に急拵えで染めた金髪を揺らし、まるで上品みたいな顔をして、貴族様達と語らっている。

「自分の父親を殺したキモい変態と同棲なんて、悪趣味にも程があるよ」
「ぐう……」

 血も涙もない正論である。

「あ、でも。そんな悪趣味なナマエと一緒に住んでるヒソカもじゅうぶん趣味悪いね。なーんだ。お似合いじゃん。アハハ、ウケる」

 イルミは全く可笑しくなさそうに乾ききった笑いを放った。アハハ、ウケる。私まで笑えてきた。

(210807)
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Apathy