カタルシスの瓶詰め(6)
「そういえば」

 キャビアやらなんやら、高級そうなあれこれが乗ったカナッペを乱暴に口に放り込み、もぐもぐと租借しながら聞き取りづらい声でイルミは言った。ごっくんしてから喋りなさいってママに教わらなかったのだろうか。

「キミも何か能力あるんでしょ。ヒソカは使ってるところ見たことないって言ってたけど」
「……あー、まあ……」

 濁すように声を漏らすと、イルミは「あ、そう」とだけ言ってまた前を向いたので、助かった。イルミはただ、事が起こるまでの暇つぶしに、世間話として聞いただけで、別に本当に能力に興味があるわけではないのだろう(それはそれで失礼だが)。

 私の能力。他者のアイディアを盗み見たり、時には根こそぎ奪う力。この力を、私は父が死んで以来一度も使っていなかった。……と、いうか。使えなくなった、と言うのが正しいか。使い方が、まるでわからなくなってしまったのだ。父がいて、命令されるがままに使っていた時は、何も意識せずとも使えていたのに、今はどう使っていたのか、自分の脳や身体のどこにどう力を入れて、どう考えれば使うことができるのか、一切思い出せなくなっていた。

 突然、会場の中心から、わあっという歓声とともに、ものすごい音量で拍手の音が響き渡った。あまりにも熱烈なそれは、拍手の音と言うよりは、まるで豪雨の轟のようだった。導かれるように会場の中心に視線をやると、壇上には初老の男性が立ち、「みなさん、」とスピーチを始めた。……この男性の顔には、見覚えがあった。

「どういうこと……?」

 ヒソカは車の中で、この男性と同じ顔の写った写真を見せながら私に言ったのだ。「これが新会長♣ 引きずり出さないとなかなか表に出てこない厄介者だよ♦」と。

(210911)
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Apathy