アンダーガーデンの悪魔(1)
 永遠に、理解なんてできない。そう思っていた相手に対しても、慣れというのは生じるらしい。ヒソカと同じ空間に住み始めて早二日。私は、確実に、少しずつ、ヒソカという存在に慣れてきていた。彼が何を考えているのかなんて全くわからないし、彼の中で何がどうなって、"同居"なんていう、どこか平和ボケして幼稚な結論が出たのかももちろんわからない。でも、確実に慣れてきているのだ。かつて私だけの部屋だったはずのマンションの一室に、ヒソカという異物かいることに。それがたとえ、猟奇的な快楽殺人魔で、真性の変態で、親の敵であってもだ。

「ナマエ、コーヒー飲むなら僕の分も♠」
「……何でわたしが淹れなきゃいけないんですか」
「ナマエが淹れた方が美味しいから♥」

 ヒソカはニコニコしながら、シンクで昼食の食器を洗っている。
 ……猟奇的殺人狂が洗剤使って台所で洗い物?
 似合わない。実に似合わない。今はさすがにあの奇妙な風体ではなく、化粧も落とした状態なのだが、中身が狂っていることは変わらないのだ。そんなヒソカが、手を泡まみれにしながら、私にコーヒーを淹れろと言う。
 私が仕方なくコーヒーを淹れたのを見計らって、ヒソカは手を止め、ダイニングの方へやってきた。私はもちろん、ヒソカと仲良しこよしするつもりはないので、コーヒーはヒソカの分だけだ。慣れたとはいっても、何せ親の敵の殺人犯なわけだし。本当は自分が飲みたかったからコーヒーを用意したわけだが、背に腹は代えられない。私はそそくさとダイニングを後にし、自室に戻ろうとした。

「どこへいくの?♠」

 私を呼び止めたのは、ヒソカだ。振り向くと、ヒソカは手首をちょいちょいと振っていて、まるで手招きしているようだ。

「どこって……自室に戻ろうと。」
「それじゃわざわざキミに淹れてもらった意味がないな♣ とりあえずこっちに来て、一緒にお茶をしよう。キミの淹れるコーヒーはおいしい。」
「……なんで私があなたとお茶なんてしなきゃいけないんですか」

 とにかく、まるで手招きのようだと思ったジェスチャーは実際に手招きだったようだ。

「同居人であるキミは、生活上のパートナーとも言えるわけだ。そんなキミと、親睦を深めようとするのはそんなに不思議かい?♦」
「そんなの、信じられないです。そう言って、父を殺したように、私を殺すのね」
「そんな無意味なこと♠」

 ヒソカは薄く笑ってかぶりを振る。いつまでも部屋の入り口に突っ立ってるわけにもいかず、私はなんとなく雰囲気に押されて、ヒソカの座る席の、斜向かいの席に浅く腰を下ろした。それを見てヒソカは満足げに笑い、飲みかけのコーヒーを差し出す。

「……飲みかけなんて」
「ナマエが一杯しか淹れなかったんだろう♠」
「……うるさい」

 ヒソカのニヤニヤ笑いにカチンときた私は、もうどうにでもなれと、半ばやけっぱちでカップを受け取り、ぐいとコーヒーを飲み干した。飲みかけだろうがなんだろうが、私の淹れたコーヒーは美味しい。思えば、人の飲みかけの飲み物を飲んだのなんて初めてだった。私の淹れるコーヒーを、好きこのんで誰かが飲んでくれるのも、初めてだった。

「ん、落ち着いたかい?」
「……どうも」
「キミと仲良くなるのは骨が折れそうだ。せっかく同居なんて古めかしくて空想的ファンタジックな方法を選んだのにな♦」
「…………なんで、同居なんですか。私と同居することで、あなたにどんな利益があるんですか」

 これは、二日間ずっと私が抱き続けた疑問だ。思い返すは、二日前、父が目の前で殺されたあの日のことだ。





(150119)
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