「ナマエ、コーヒー飲むなら僕の分も♠」
「……何でわたしが淹れなきゃいけないんですか」
「ナマエが淹れた方が美味しいから♥」
ヒソカはニコニコしながら、シンクで昼食の食器を洗っている。
……猟奇的殺人狂が洗剤使って台所で洗い物?
似合わない。実に似合わない。今はさすがにあの奇妙な風体ではなく、化粧も落とした状態なのだが、中身が狂っていることは変わらないのだ。そんなヒソカが、手を泡まみれにしながら、私にコーヒーを淹れろと言う。
私が仕方なくコーヒーを淹れたのを見計らって、ヒソカは手を止め、ダイニングの方へやってきた。私はもちろん、ヒソカと仲良しこよしするつもりはないので、コーヒーはヒソカの分だけだ。慣れたとはいっても、何せ親の敵の殺人犯なわけだし。本当は自分が飲みたかったからコーヒーを用意したわけだが、背に腹は代えられない。私はそそくさとダイニングを後にし、自室に戻ろうとした。
「どこへいくの?♠」
私を呼び止めたのは、ヒソカだ。振り向くと、ヒソカは手首をちょいちょいと振っていて、まるで手招きしているようだ。
「どこって……自室に戻ろうと。」
「それじゃわざわざキミに淹れてもらった意味がないな♣ とりあえずこっちに来て、一緒にお茶をしよう。キミの淹れるコーヒーはおいしい。」
「……なんで私があなたとお茶なんてしなきゃいけないんですか」
とにかく、まるで手招きのようだと思ったジェスチャーは実際に手招きだったようだ。
「同居人であるキミは、生活上のパートナーとも言えるわけだ。そんなキミと、親睦を深めようとするのはそんなに不思議かい?♦」
「そんなの、信じられないです。そう言って、父を殺したように、私を殺すのね」
「そんな無意味なこと♠」
ヒソカは薄く笑ってかぶりを振る。いつまでも部屋の入り口に突っ立ってるわけにもいかず、私はなんとなく雰囲気に押されて、ヒソカの座る席の、斜向かいの席に浅く腰を下ろした。それを見てヒソカは満足げに笑い、飲みかけのコーヒーを差し出す。
「……飲みかけなんて」
「ナマエが一杯しか淹れなかったんだろう♠」
「……うるさい」
ヒソカのニヤニヤ笑いにカチンときた私は、もうどうにでもなれと、半ばやけっぱちでカップを受け取り、ぐいとコーヒーを飲み干した。飲みかけだろうがなんだろうが、私の淹れたコーヒーは美味しい。思えば、人の飲みかけの飲み物を飲んだのなんて初めてだった。私の淹れるコーヒーを、好きこのんで誰かが飲んでくれるのも、初めてだった。
「ん、落ち着いたかい?」
「……どうも」
「キミと仲良くなるのは骨が折れそうだ。せっかく同居なんて古めかしくて
「…………なんで、同居なんですか。私と同居することで、あなたにどんな利益があるんですか」
これは、二日間ずっと私が抱き続けた疑問だ。思い返すは、二日前、父が目の前で殺されたあの日のことだ。
(150119)