叩頭せよマリア
 私が、内なる怒りに気づいてから四日。別の言い方をすれば、『敬語喋ったら罰ゲーム☆』なんて狂人の戯れにまんまと付き合わされはじめてから四日、と言うこともできるだろう。とにかく私はあの日以来ヒソカと鉢合わせないよう、不必要な会話をして余計な親睦を深めぬよう、最新の注意を払った……はずだった。実際には、そう広くもない家の中、ヒソカから逃げ切ることなんてもちろん不可能で、鉢合わせれば会話のひとつふたつはする。そうしていると、不本意にも、そう、不本意にも、私はだんだんとヒソカとの対等な会話に慣れつつあった。

「やっぱり、ナマエはシチューが上手だね♦」
「……あんたに褒められても、全然嬉しくない」
「シチュー以外はヘッタクソだし、この前のシチューはすっごい不味かったけど♥ あと、あんたじゃなくて、ヒソカね。あは、これも罰ゲームにしちゃおうかなぁ♣」
「ちょっと、これ以上変なルール増やさないで!」
「ほんとは感じてるんでしょ?」
「か、……!? そんなことない! 本当にやめて!」
「嘘だぁ♥」

 カタン、とカップが倒れ、テーブルの上でコーヒーが零れた。一度ヒソカに両手の自由を奪われてしまうと、これが中々振りほどけない。座ったままの私の横で、テーブルを挟んで斜めにいるヒソカが立ち上がり、両手をそれぞれ封じられているという形だ。こうなってしまえば、自分のどこを守ればいいのか見当がつかないし、そもそも自分を守るために使うはずの両手は封じられている。(いや……)ヒソカはわたしの襟を口で器用にずり下げ、鎖骨の下辺りをペロリと舐めた。ぬる、と生暖かい感触が一気に体を駆け巡り、ゾワゾワと背中を降りていく。

「…………、」
「ほらね♠」

 パ、と両手が解放され、急に私は自由の身となる。慌てて襟を正し、ヒソカを睨み付ける。

「気持ちよかったでしょ?♥」

 相変わらず、何を考えているのかわからない。ああ神様。できることなら、あのムカつくニヤニヤ顔をひっぺがして、殴ってやりたい。一発とは言わず、五発くらい。
 ……もちろん、この生活にわたしが慣れつつあるなんてことは、絶対にない。唯一の得意料理を、誰かに美味しく食べて欲しいだなんて、思って、ない。

「ね、ナマエ。シチューやっぱり上手だね♥おかわりちょうだい。」

 ああ、神様。

(160217)
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Apathy