エドガワディビジョンの潮騒(3)

 遠藤さんは行方不明になったその日、海に行っていたことがわかった。いや、行っていないかもしれないが、少なくとも行く予定を立てていたことがわかったのだ。これは大きな前進ではないか。

「じゃあ、遠藤さんは海で行方不明に……?」
「そう決めつけるのは早計だと思いますが。ただ、どこの海かわかれば、手がかりになるかもしれませんね」
「どこの海、って言っても……日本は海に囲まれてるから、海だらけだし……」
「やあ! あなた、それをご存知でしたか。博識で何よりです」

 幻太郎さんは顔色一つ変えずそう言った。相変わらず嫌味な人間である。

「で、でも。ここから日帰りで行ける海岸を片っ端から調べれば……」
「百年くらいで終わりそうですね。その前に寿命が来なければですが」
「そんなにかかんないよ!」
「それよりも」

 思案するように、幻太郎さんは芝居がかった手付きで顎に手を当てる。うーん、文豪っぽい。とかいう陳腐な感想が頭の中をよぎる。

「小生が気になるのは、遠藤さんの言葉……。確かに彼女は、『東都から出られない』と嘆いていたのですが、あれは嘘だったということだろうか……?」

 確かに、そんな嘘を遠藤さんが吐く意味があるようには思えなかった。あるいは、チバやカナガワといった近隣であればもはやひっくるめて東都と見なしてもいいということにしたのかもしれない。あるいは、会社から東都から出るなとパワハラを受けている可哀想な私、という話をして幻太郎さんの気を引きたかったのかも知れない(……なんて、うがち過ぎか)。

「あ」

 私は、頭に閃きが走るのを感じた。ある、あるじゃないか。東都唯一の、“海辺”が、しかもこのディビジョン内に!

「カサイ臨海公園だよ!」
「はい? カサイ臨海公園? あの、水族館や観覧車がありとある夢の国の城が見えるとか見えないとか言う、あのカサイ臨海公園? ……確かにあそこは、ギリギリ東都の範囲ですが……」
「あそこ、海水浴ができる一角があるの! そういえば私も1回だけ行ったことある。思い出した……!」
「いやぁまさか、東都の湾内で海水浴とは……にわかには信じられません」
「本当だって! 幻太郎さんは自分が超インドアだからアウトドア情報知らないだけでしょ!」
「確かに小生は超インドアですが、だからといって信じがたいものは信じがたいですよ」

 その場でスマホを開き、カサイ臨海公園のホームページを開く。公園全体のマップを拡大して見ると、そこには確かに、『なぎさ』というエリアに“遊泳可”の文字が踊っている。
 もちろん、遠藤さんが嘘を吐いていたという可能性もまだある。カサイ臨海公園だと決まったわけではない。しかし、他に手がかりもないのだ。

「カサイ臨海公園ですか……ここからだと……」

 幻太郎さんはニヤッと笑った。私もつられて笑う。

「自転車」
「タクシー」
「自転車!」
「タクシー!」
「自転車!!」
「タクシー!!」

 堂々巡り。時間の無駄だ。

(230326)