prologue(3)
「幻太郎ーッッッ! 何て良いところに!」
「すごいや帝統、幻太郎を呼び寄せちゃった」
「……何のお祭り騒ぎですか、これは」
レトロな装束の男性、もとい幻太郎さんは、すがる帝統を、蠅を追い払うみたいに迷惑そうに手を振った。帝統はまるで気にした様子もなく、幻太郎さんの手を熱っぽく握る。「俺はツイてる。やっぱりツイてる!」とブツブツ言うのを、幻太郎さんは気味悪そうに見ている。
「妙に熱烈な歓迎ですが。このお客様と何か関係が?」
「おう、そうだそうだ! ……幻太郎、紹介するぜ!」
派手な動作で帝統は私に向き直った。先ほどまで泣きそうな顔だったのが嘘みたいに、晴れ晴れとした笑顔である。
「今日から幻太郎先生の弟子になる小説家の卵、ナマエだ!」
初めましての人に、こんな言葉で形容するのは失礼かも知れない。しかし、一番的確な言葉がこれなので許して欲しい。今、確かに、幻太郎さんは、私と帝統の顔を見比べ、「…………は?」と言って“心底人を見下した顔”をしたのだった。
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「何だよ幻太郎! ダチの俺がこんなに頼んでもダメか?!」
「帝統、あなた小生に多額の借金があるのをお忘れですか?」
「ぐ……っ」
全く同じ会話の繰り返しを聞かされている。違うのは、暇を持て余した乱数さんが「ナマエちゃんも何かゴメンねぇ? あ、僕のことは乱数って呼んでくれていいからね☆」と隣でフォローしてくれることくらいだ。
「幻太郎、売れっ子小説家なんだろ?! 売れっ子ってことは、書くのがウメェってことだろ?! じゃあちょっとくらいコイツを住み込みの弟子とかにしてやって、小説家の技を教えてやってもいいだろぉ?!」
「ボク、小説なんて書いたことないですぅ。全然自信ないですぅ」
「頼むよぉー! 幻太郎ー! 俺にはお前しか頼れるヤツがいないんだよぉー!」
突然幻太郎さんの口調とキャラが変わったことに面食らうが、あとの二人は全く気にしていないようだったので、私も平静を装う。ついでに、帝統があまりにも簡単に土下座を繰り出すので、彼にとっての土下座はあまり価値の高くないものだということも段々わかってきた。それもあとの二人にとっては当然のことのようだったので私もそれに倣う。
「……あのねぇ、帝統。小生が人に何かを教える器なんかじゃないってことくらい、あなたにもわかるでしょう。第一そんな暇ありませんし。捨て猫を飼う余裕なんてうちにはないのよ、帝統。さ、ナマエさんには申し訳ないですが、元いた所に帰ってもらいましょう」
「待ってくれよ幻太郎!」
「交渉の余地はありません。ま、次の1ヶ月のネカフェ代くらいは3人でカンパしてあげましょうかね」
「そ、そういうワケにはいかねぇんだよ!!」
帝統が絶叫するように言った。あまりの剣幕に、私だけでなく乱数くんと幻太郎さんも目を見開いている。帝統の顔は青ざめていて、目に涙を溜めていた。「だいすー、どうしたの?」と乱数くんが帝統の顔を覗き込む。そして帝統が叫んだのは、更に予想外な言葉だった。
「ナマエが一文無しになっちまったのは、俺のせいなんだからよおっ!!」
え、そうなの? と聞き返そうにも。それよりも先に、帝統は嗚咽を上げながら地面に這いつくばって泣き出していた。
(210306)