大人の階段 05

《side ハル》

 誕生日まであと三日と迫った金曜日。
 いつもの如く玄弥から実弥お兄ちゃんの情報を聞き出した私は、最近始めたらしいバイト先へ勝手に出向いていた。
 少しオシャレな居酒屋。中に入ったら確実に怒られるだろう。そもそも制服で来てしまったから、格好からして未成年丸出しだ。
 仕方なく裏口を探していると、ちょうどそこから空き瓶の箱を軽々と持ち上げて運んでいる実弥お兄ちゃんの姿を見つけた。
 頭にタオルを巻いて少し汗をかいている。
 普段見なれないその姿に、またドキンと胸がなる。ガタイもいいから、肌が見えてる場所の筋肉が、男の人って感じて胸の奥がキュンとする。シャツをまくって力仕事をしてる姿を目に焼き付けようと、少し足を動かした。
 パキン。乾いた音が、ビルとビルの間ではよく響く。そのせいで振り返った実弥お兄ちゃんは、私を見つけると目を見開いて眉を潜めた。
 ヤバい、怒られる!
 その顔のままズンズンと私の方に歩いてくる実弥お兄ちゃんの手が伸びて、ゲンコツ食らわされる!と思って咄嗟に目を閉じた。
 だけど、感じたのは…暖かな手の感触。片目を開けると、私の頭に手をポンと乗せてる実弥お兄ちゃんがジッと私を見下ろしている。


「何してんだァ、お前」
「あ、えっと…実弥お兄ちゃんのバイトしてる姿見てみたくって」
「…ったく」
「お、怒った?」
「あァ?…別に怒っちゃいねぇけど」


 なんだかいつもより歯切れが悪い気がする。

バイト先だからだろうか。

ジッと私を見てるから、なんだか急に恥ずかしくなって下を向くと、ポンポンと頭に乗せていた手が軽く動いた。
 凄く懐かしい感覚。実弥お兄ちゃんも同じことを思ったのか、少し口許を緩めて笑った。


「つーか、もう暗ぇんだから帰れ」
「実弥お兄ちゃん何時まで? 待ってるよ!」
「馬鹿かァお前は。ガキのくせにさっさと帰れ…もうすぐ酔っ払いが増えてくるからな。気をつけろォ」
「……」
「送ってやれなくて悪いな」


 今度、バイクの後ろ乗せてやるから。
 そう言うと、バイト先へ戻って行った実弥お兄ちゃん。途端に心臓がバクバクし始める。今まで何度お願いしても、ダメの一点張りだったのに…乗せてくれるの? バイク。どうしよう、嬉しい!
 緩む顔が止められず、暫くその場でドキドキが収まるのを待っていた。
 こんな顔して外出たら絶対に怪しまれる。一呼吸置いてから、表からそっと居酒屋を覗き込んだ。
 最後にひと目見てから帰ろう。
 それが、間違えた選択だったことに気づいた時にはもう遅かった。





 どうやって、家の近くまで帰ってきたのか記憶は曖昧だった。凄く嬉しくて泣きそうなくらい嬉しかったはずの気持ちはもう、ここにはない。こんな顔で家に帰りたくなくて、家からすぐ近くの公園のベンチに座って空を見上げた。
 なんで今日に限って、星がたくさん見えるんだろう。
 次第に滲んでぼやけてくる星と共に、声がした。


「ハルちゃん!!」


 公園の入口から走ってきた善逸は、一目散に私のところに来ると、そのまま私を抱きしめた。

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