大人の階段 09

 実弥お兄ちゃんに聞きたいことがたくさんある。伝えたいことが山ほどある。それなのに、私の口からは小さな嗚咽のみ。
 体を離した実弥お兄ちゃんは、頬を紅く染めながら、ポンポンと私の頭を撫でて微笑んだ。初めて見る、実弥お兄ちゃんの笑顔だった。


「本当は、順を追ってから伝えるつもりだった。まずは誤解を解いた後に…って。でもあの言葉聞いて、焦った。そこまでハルを追い詰めていたのかァって」


 私の表情を見て察したのか、「善逸がよォ、俺を殴るらしいぞ」と言葉を続けた。
 どうやら、善逸はいつも怖いと避けてる不死川家へ行って実弥お兄ちゃんに私のことを伝えたらしい。
 ハルちゃんに謝れ! ハルちゃんを笑顔にしないとただじゃおかないぞ! 今度泣かせたら、お前を殴る!…と。
 五メートル程離れた先から、そう言ったのだと。


「情けねェよなァ。年下にそこまで言われなきゃ気づけなかったなんてよォ。でもそれで覚悟ができた。ハルの想いを我慢すんのは止めだ」
「…我慢、してたの?」


 ハァ、と溜め息をつくと、離した筈の体を片腕に力を込めてもう一度私を引き寄せた。
 トンと顔に当たる実弥お兄ちゃんの胸元。さっきよりも更に、鼓動が速い。


「正直、俺にとってお前は妹みたいなもんだァ。大事なのは変わりねェが、それ以上の感情は持ち合わせてなかったんだがなァ。お前の気持ちは年上に対する憧れだろうって。けど…お前はどんどん女らしくなってくし、俺の気持ちに構うことなく俺を好きだと言ってくるしよォ」
「…実弥お兄ちゃん」
「自分の気持ちに気づき始めたと思ったら、今度は俺から離れようとするから…ハルを失うと思ったら、柄にもなく焦ったじゃねェか」


 初めて聞いた気持ち。こんな風に、長々と喋ってくれることだって今までなかったから、実弥お兄ちゃんがそれだけの気持ちなんだって伝わってくる。
 背中に回した腕に力を入れると、ピクっと実弥お兄ちゃんの体が反応して、私を抱きしめる腕が少し強くなった。


「胡蝶だがなァ…お前が勘違いしてる女だ」
「あ、あれは…もういい。もういいの!」
「良くねェ。俺が良くねェんだ……あの人は、俺の先輩の恋人なんだよ。あの人自身、誰とでも壁を作らねェし。だから、」
「うん、分かった。困らせてごめんなさい…実弥お兄ちゃんは私より大人だし、周りに女の人がゼロってことはないのは分かってる。ただね…バイクが…」
「あァ? バイク?」
「私より先に乗ったのかなって。会話がね、少し聞こえてきて…ごめんね、勝手にヤキモチ妬いて! 彼女でも何でもないのに」


 腕の中から顔を上げると、顔を紅くして口許を緩めてる実弥お兄ちゃんと目が合った。
 馬鹿、見んじゃねェ。
 そう言うと、背中から解かれた手を私の頬にそっと添えた。ススッと指が頬に当たって、胸の奥がキュッとする。高鳴る鼓動と熱で、今の状況を理解しきれてるのか分からないけど、「目ぇ閉じろォ」と囁きながら近づく実弥お兄ちゃんの顔に、私の鼓動は最高潮を迎えた。心臓が痛いくらいに甘く脈打っている。


「可愛いヤキモチ妬いてんじゃねェぞ…ったく。あの人をバイクに乗せた記憶にねェ。そんな事したらまず俺が悲鳴嶼さ…その先輩にやられるしなァ。たぶん俺がバイク乗ってんのをどこかで見たんじゃねぇか。背中に乗せんのは、お前が初めてだ」
「そ、うなんだ」
「俺もくれよォ…」
「え?」
「…ハルの、初めて」


 少し意地悪く笑う実弥お兄ちゃん。今度こそ心臓が爆発したかと思った。

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