蝶屋敷 弐

 蝶屋敷では、任務で負傷した隊士の治療や機能回復訓練が主に行われており、しのぶは遭遇した鬼の特徴などを隊士から聞き、治療の傍ら薬の調合や研究に勤しんでいた。
 ハルは、蝶屋敷の厨房や洗濯などの家事全般を手伝うことになった。一人で出来るまでの技量もないので、蝶屋敷で働いている女の子達に教わりながら、義勇が不在の日は泊まりで動いていた。
 幸いにも、やる事があった方が余計なことを考えなくて済んだ。しのぶの配慮で、重症の隊士達と顔を合わせる事はないようになっていたが、ハルはここへ来て初めて、鬼狩りとは危険と隣り合わせなのだと理解した。
 義勇が怪我をして帰る時などなかったから、そんな想像も出来なかったのだ。


「ハルさんは、水柱様とどういう関係なのですか?」


 ある日、蝶屋敷で働くなほ、すみ、きよという三人娘と共に寝ようとしていた時の事だった。蝶屋敷で働き出して数日、きっと三人ともずっと気にしていたであろう質問を、意を決してハルに投げかけたのだ。
 下心のある質問ではなく、単に知りたかったというのが正しいかもしれない。誰とも連むようなことがない義勇が連れてきた女なのだから。


「え? 水柱って?」
「冨岡様の事です! 柱のことをご存知ないのですね」


 きよが少し興奮気味に説明してくれた。しのぶもその柱というものなのだと言う。だが、ハルはそれよりも義勇との関係をどう説明すればいいのかと頭を悩ませていた。
 未来の事は伏せるようにとしのぶに言われていたため、下手な事は言えないなと思った。


「義勇さんはね、わたしを拾ってくれたの。身寄りが無かったから」
「ハルさんの家族も鬼に殺されたのですか?」
「ううん、わたしは……」


 そこまで言いかけて、ハッとし言葉を噤んだ。家族も、という言葉に…この三人も、義勇と同じように大切な家族を鬼によって殺されたのだと理解したのだ。
 だからこうして、しのぶに引き取られて幼いながらも働いているのだろうと。何とも切ない話だが、鬼が原因でこうして悲しい想いを抱えてる人が沢山いるのだと痛感した。
 まだこんなに小さいのに。しのぶや義勇も、ハルと歳は殆ど変わらないのに、鬼を狩るために刀を振っている。命を懸けているのだと思うと、胸がチクリと痛んだ。
 ハルは、生きてからずっと誰にも必要とされず辛くて死んでしまいたいと何度も思っていた。居場所がなく、不幸の真ん中にいるような気持ちにもなった。今でも思い出すと吐き気すらする辛い日々だった。それでも……今は死のうと思うことはなかった。
 命を投げ出そうだなんて思えなかった。悲しい過去を背負っている人達が前を向いて生きているというのに、何も残せずに消えようだなんて思えなかったのだ。
 そう思えたのは義勇がハルの存在を受け入れたからだろう。何でも良かったのだ、ハルが自分の存在を必要と感じられる場所ならなんでも。


「わたしはね、義勇さんに恩返しがしたいと思ってる。助けてくれて居場所を与えてくれたから……って、みんな寝ちゃってる」


 隣で寝息を立てて寝ている三人の小さな子を見て、ハルは目を閉じた。
 いつ元の世界に戻るのか分からないし、戻れないのかもしれない。本当にこのまま義勇が用意してくれたこの場所に居ていいのかも。
 自由に生きろと言った義勇の言葉が、ハルの脳裏に木霊していた。

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