悲涙の空 参

「ハル!? 何があった」


 ハルは自分がどこに向かって歩いていたのかも分かっていなかったが、義勇の声に、やはり自然と足が向いていたのはこの家だったのだと思った。
 雨の所為なのか涙なのか、視界が滲んでいる。駆け寄った義勇に体を支えられ、急いで軒下へと連れてこられた。全身がずぶ濡れでまるで死んだような顔をしているハルを見た義勇は、その表情に、出会った頃のハルを思い出した。
 着ていた自分の羽織をハルに掛けると、もう一度何があったのかと問う義勇に、ハルは謝ることしか出来なかった。


「ごめんなさい…ごめんなさっ……」


 ハルは気づいてしまったのだ、自分の気持ちに。今までフワフワと不確かに漂っているだけだったこの気持ちが何なのか、実弥に拒絶されて、あの時の時間を無かったことにする実弥を前にして、漸くハルの抱いている気持ちの意味を理解した。
 仮に義勇に拒絶されたら同じように悲しくなるとは思う。だけど、それとはまた違うように思えた。実弥と過ごしたあの時間が、ハルにとっては愛おしいものになっていたのだ。気付かぬうちに、ハルの心を満たしていた。


「何をそんなに謝っている……教えてくれ」


 戸惑う義勇の声に、またハルは涙を流した。
 実弥との事を黙っていてごめんなさい。気持ちに応えられなくてごめんなさい。泣いてばかりでごめんなさい。
 恩返しをしたいと思っていた義勇に、何も返せてないばかりか、気持ちにさえ応えられないなんて、もう此処にいる意味が無い気がした。


「いいか、ハル。この羽織を預ける。だから俺が任務から帰るまで此処にいろ。何処にも行かずに待っていてくれ」


 俯くハルの顔が上げられたのと同時、温かなものがハルの唇に触れた。本当に一瞬の温もりだった。ハルの滲んだ視界の先に、真っ直ぐに彼女を見つめる義勇がいた。


「待っていてくれ。必ず戻る」


 そう言い残し、義勇は後ろ髪が引かれる思いで、ハルが戻る前に司令があった任務へと向かっていった。本当なら彼女一人を残したくはなかった。だが、鬼がいる限りその手をその足を止めるわけにもいかなかった。





 義勇が任務から戻ったのは、その二日後だった。
 家に入ると、綺麗に畳まれた羽織と、その上に【義勇さんへ】と書かれた手紙が置いてあった。見慣れない字に変わった書き方だったが、それがハルのものだと思うだけで、胸が張り裂けそうだった。
 それを一読すると、義勇はその場に座り込み、その手紙を握り締めた。


「…ハル……」


 彼女の名を囁く義勇の声が、切なく響いた。

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