ハッピーバレンタイン


陽が落ちる時間が遅くはなってきたが、まだまだ外は寒くて手足が冷える。少しでも冷めた体が温まるようにと、野菜を沢山こまかく切ってコトコトとスープを煮込んでいる時に廊下の先の玄関の開く音がした。

「ふー……ただいま、っと」
「おかえりなさい!思ったより早かったね」
「おー。他のやつも早く帰てぇって張り切ってたからな」

廊下をペタペタ歩く音、扉が開いて気怠そうにただいまと言う声が何回聞いても好きだ。リビングに入ってきて無防備に大きく欠伸を漏らしている姿は、疲労はボチボチあるものの体調不良や怪我なども無さそうでホッとした。手を洗って着ているエプロンの端で拭っていると、ズイッと紙袋を差し出されたので思わず反射的に受け取ってしまった。

「え、なんですかこれ?」
「今日もらった捧げ物たち。食っていいぞ。」

意外とずっしりと重みのある中身を覗き込むと、ガサリと音が鳴る。中には色も大きさも違う箱や缶などが色々入っていて、一度スープの火を止めてダイニングテーブルに置きに行った。篤也さんはコートとジャケットを脱いでドカッとソファーに腰掛けているところだった。もう舐め終えた飴の棒をゴミ箱に放りながらぶっきらぼうに呟くので、改めてその袋の中身を覗き込む。

「今日バレンタインですもんね。ほうほう、日下部一級術師は意外とおモテになるんですねぇ」
「おい、嫌味か?」
「別にー?」

おどけた口調で言うと、首だけ傾けて此方を見てくるのでクスクスと小さく笑い返して袋の中身をとりあえず一個ずつ確認してみる事にした。小さい頃食べていたチロルチョコがいろんな味が入っていて、意味はないけど綺麗に並べてみる。あの時は一個買うのも宝物みたいだったのになぁ……全て並べて達成感を感じて、次に袋の中から一番大きな箱を取り出した。

「…飴?」
「あ、それは俺んだ。食うなよ。」
「そんな食いしん坊じゃないですよー。これ、いつも食べてる飴ですよね?」
「おぉ。アイツらが寄越してきた。」

箱に書かれてるイラストは見慣れた飴の柄をしていて、私が呟いたワードを見逃さずに篤也さんが体ごと振り返ってくる。さっきまで無頓着だったくせに、そのギャップに笑ってしまったらまた素気なくなってしまった。
ダース買いされたその箱には、マッキーで殴り書きされたメッセージと大きなパンダのイラストが添えられていた。それを贈った人達も、彼の言うアイツらが誰なのかも簡単にわかってしまって、思わず口元が緩んでしまうとそれを見て当の本人はなんとも言えない顔をしている。

「んだよ。」
「日下部先生は愛さてるなーと思いまして。」
「アイツらはお返し目当てだよ。渡された時にも何度も念押されたしな。その箱にも書いてんだろ。」
「でもいいじゃないですか、貰えるんだから。へー、ダース買いってどこで出来るんだろ。スーパーかな?」
「今だとネットで簡単に買えるらしいぞ。」

駄菓子屋さんでの宝箱は、今や小さな電子機器で簡単に手に入ってしまうらしい。ジェネレーションギャップにしみじみしながらそれを机の隅に置いて、少しずつ軽くなっていく紙袋の中身を広げていく。市店の和菓子屋、コンビニの馴染みのあるお菓子など本当さまざまだった。

「あ!これ有名店のやつだ!これ雑誌で見ました!」
「お、当たりがあってよかったな。」

私が一個一個を大切に机に並べて、ソファーの背に肘をついた体制で見守っている篤也さんが時々反応を返してくれる。雑誌で見て何気なく調べてみたそれは、朝から並ばないと買えないって口コミが書いてあったはずだ。全て出し終わりそれを眺めてから顔を上げると、相変わらず気怠そうな彼と目があった。

「なんか、意外ですね。」
「あ?また嫌味か?」
「違いますって。…篤也さんって、お返し面倒だからこういうの貰わなそうなタイプそうなのに」

生徒や明らかに義理で渡してくる人ならまだしも、中には小さな手紙が添えられてるものがあった。中身は見てないからわからないけど、女の勘で綺麗な文字で義理ではない事が書かれているのが伝わってくる。無頓着な彼でも、きっとその意図には気付いてるだろう。とりあえず晩御飯の準備をする為に今日食べる予定のチョコと飴以外を再度紙袋に纏めていると、視線を感じてもう一度顔を上げた。

「なに?ヤキモチ妬いてんの?」
「いや、そこまでは……まぁ、ちょっとは気になりますけど。私と付き合ってるの知らない若い新人の可愛い子なのかなー、とか。」
「素直になれよ。」

次は彼の方がニヤニヤする番で、そこまで深い意味で言ってなかったのに揶揄うように此方を見てくる。付き合いたての頃だと、多分彼の言う通りヤキモチを妬いてたと思う。というより、自分に自信がなくて勝手に落ち込む、の方が近いかもしれない。付き合いたての時は、歳の差もあるからアッチからしたら私なんてちんちくりんだし、まだまだ任務でもヘマをするし大人の女性の色気なんかも全くなかった。まぁ、歳の差は今でも縮まることはないんだけど。

「知りませーん。ご飯の準備でもしよーっと」

意識してなかったのに、指摘されてからほんの少しだけ胸の奥にモヤっとした気持ちが顔を覗かせてくる。それを打ち消して逃げるように軽く返事をして、キッチンに逃亡を図るともう後ろからは何も言葉は飛んでこなかった。
今では、かれこれ付き合ってもう五年くらい経つ。嫌なところも沢山見てきたし、逆に見られたりもしていっぱい喧嘩もした。でも何となくお互いの機嫌の取り方もそういう時の距離のバランスもわかり始めて、今では【安定】の言葉がピッタリの関係だと私は思ってる。
少し冷めてしまったスープを温め直して、溶き卵をフライパンに流し込む。プツプツと膨らんでは潰れる気泡を見守りながらゆっくりと破けないように周りの枠を整えていって、少しずつ形を作っていった。

「…ねぇー!手紙くれた子可愛かったー?」
「なんだその質問。俺試されてんの?」
「ちょっと気になっただけー」
「あー…よく基準がわからんが、別に悪くない方なんじゃねぇか?」
「素直に可愛いって言いなよー」
「なんだよ、やっぱ気にしてんじゃねぇか。」

彼方の部屋にも聞こえるように少し大きな声で言葉を投げかけると、ガサガサと物音と一緒に声が帰ってくる。多分やっと動き出してコートやジャケットをハンガーにかけているんだと思う。私達が付き合ってるのを知ってるのか知らないのかはわからないけど、どちらにせよ好きの気持ちが溢れ出すフレッシュな若い子なんだろうな。いいな、若いって羨ましいや。
用意してたチキンライスを卵で包み込んで、慎重にお皿に乗せるとちょっとだけ端が破けてしまった。第二弾はどうにか綺麗に焼けたので、成功した方を篤也さんがいつも座る方に置いておいた。

「それで?お前からのはねぇの?」

スープも注いで運んでると、ネクタイを外してシャツのボタンも開けているラフな姿で先程の席に座っている。お茶も持ってこなきゃ、と思ってる時に声をかけられて思わず動きを止めて彼を見下ろした。

「あ、ごめん。ないや。」
「はぁ?」

ただ普通に言葉を返しただけなのに、思ったのと違う反応が返ってきて驚いた。貰えると信じていたみたいで、信じられないって顔にでかでかと書かれている。いやいや、驚きたいのはコチラの方だ。だって、彼は私と付き合い始めた当初はクリスマスもバレンタインも、誕生日すらそんなに大切な日として考えてない人だったから。でも私は記念日とかも大切にしたいから、大喧嘩して無理矢理お祝いに付き合わせてたくらいだ。

「貰ったくらいで拗ねてんなよ。さっさとくれよ」
「え、だって本当にないんだもん…」

なのに、珍しく引かずに催促してくるから不思議に思いながら首を振る。確かにさっきはモヤッとはしたけど、そんな子供みたいに拗ねる程怒ってはいない。ただ、無いものは無いからしょうがない。それでも篤也さんは納得いっていないのか、元々険しい顔なのに更に眉間の皺が深く刻まれてしまった。

「だってって、お前…」

とりあえず冷めてしまうからスプーンとケチャップを取りに行って向かい側に座ると、眉だけじゃなくて口もへの字に曲がっている。それでもスプーンを渡すと一応小さくサンキュー。と言ってくるところが何だか可愛くて笑いそうになっちゃうけど、今笑ったら今日寝るまで口を聞いてくれなさそうだから我慢して続きの言葉を待った。

「…冷蔵庫に、材料あんだろ。それなら、あれ何に使うんだよ。」

ボソリと、呟かれた言葉にキョトンとしてしまう。そんな私の様子に篤也さんは唇を尖らせてしまうから、耐えきれなくて吹き出してしまった。

「あはは!ごめんごめん、気付いてたんですね!今度の休みに、作ろうかと思ってたの。今日食べたい気分だった?あの有名店のチョコ一緒に食べます?」

確かに、何日か前からチョコや生クリームを冷蔵庫の上の段に用意しておいた。今日は任務が何時に終わるかわからないから、明後日の休みにドラマでも流しながらゆっくり作ろうと思っていたんだけど…どうやら一緒に住んでるからそれに彼も気付いてたみたいだ。そりゃそうか。一番上の段にはいつも篤也さんのビールの定位置だし、いつもと違うものがあれば気付くに決まっている。もう一度ごめんね、と伝えてもまだ声色に笑いが混ざってるから篤也さんの表情は怒ってるのか拗ねてるのか何とも言えない顔をしていた。

「…別に、特別甘いもんが食いてぇ訳じゃねぇ。これも、お前が喜んで食うだろうと思って貰って帰っただけだ。」

ガシガシと乱暴に後頭部をかいて投げ捨てるように呟かれた言葉に、私を喜ばせようという気持ちは特に無いんだろう。でも、わざわざ面倒くさがりの彼がこのお菓子達を持って帰ってきてくれる理由が思わぬところで暴露されて、私の心は簡単に有頂天まで駆け登っていった。

「ごめんね、代わりにオムライスにハート書いてあげますねっ!」
「……子供騙しなご機嫌取りだな。…お前も俺がホワイトデー過ぎても文句言うなよ」

向かい側のオムライスを少し引き寄せて、ケチャップを絞り出してハートを書いてあげる。最後の仕上げの時にブチュッと吹き出したせいでせっかく上手くいってたのに少し不恰好になってしまって、それを見て篤也さんが馬鹿にするように鼻で笑った。

「お返しどうするの?」
「あー、今度出かけた時に代わりに適当に選んでくれ。」
「可愛いやつでいい?」
「俺が渡して気持ち悪くない程度な。」

何だかんだお互いの機嫌は普通に戻って、夕飯を食べながら言葉を交わす。二年生の子達には、3倍返しを何度も強調されたらしいからちゃんと良いものを選ばないといけない。コンソメのスープを啜りつつふと机の隅に寄せておいた手紙に視線をやればそれに気付いたのか、もうハートが跡形もなくなってるオムライスを頬張りながら篤也さんが口端を上げる。

「長年付き合ってる彼女に選んでもらいました、つって渡せばいいか?」
「……なんかキザっぽくてヤダ。」
「そう言いながら顔は正直だな。」

いつだって私を揶揄うように笑う彼は、大人だけどこういう時はいじめっ子の子供のように笑ってどこかチグハグで不思議な気分になる。でもそれが嫌いじゃ無いから、きっと惚れた弱みってやつなんだと思う。でも何だか癪で机の下で蹴る為に足を伸ばしたけど、のらりくらりと器用に交わされてしまった。

「…チョコの代わりじゃないけど、今日ちょっとエッチな下着つけてる。」
「………は?」

そんな様子に仕返しも兼ねて、食べてた手を止めて頬杖をついて呟いた。最後の一口を頬張っていた篤也さんは、一拍置いてから気の抜けた声を漏らす。私の顔を見て、そこからじっとりと目線が下に下がっていって、また私の顔に戻ってくる。
それこそ、最初の頃は大人の女性になりたくて彼が喜んでくれるようにあれこれウブながら頑張ってたものだ。だから、久々に自分から起こすアクションに、平然を装ってるけれどジクジクと顔に熱が集まるのがわかる。彼に足先を這わせる為に足を伸ばすと、今度はちゃんと触れる事ができた。

「お風呂もまだあったかいですよ。」
「あー……いや、今日シャワーでいいわ。」

ご馳走さん、と短く呟いて立ち上がると、食べた食器をシンクに運んで水につけてくれる。それ以外はどことなく早足で浴室に消えていった背中を眺めて、私も息を細く吐きながら背もたれにもたれかかった。チラリと視界の端に映るチョコレートの箱は、贈り物にぴったりな外観でシンプルながら可愛らしい。中から一つ取り出して食べてみるとすぐに溶けていってしまった。甘さを舌先で転がして、これより美味しいチョコレートを作ってやろうと心に決め、シャワーの音を聞きながらもう一個口の中に放り込んだ。

- 19 -


TOP