世界はこんなにも煌めいて


五条さんにしつこく絡まれるのをあしらって、呪霊を祓って報告書を作成してまた呪霊を祓うの繰り返し。どこからともなく溢れる様に呪いというものは現れるので、本当にキリがない。疲れ切ってどうしようもない時にタイミング悪くやはり五条さんは現れるから、なんなら呪霊と同じくらい面倒かもしれないとさえ思える。そんな彼を振り払えば、やっと我が家に帰れるわけだ。

「おかえりなさい。」

前までは、ただ寝るために帰るだけなような家も、今では扉を開ければ腹の虫を擽るいい匂いが鼻に届く。律儀に置かれたスリッパに履き直してリビングに向かうと、少し鼻歌まじりで夕飯の準備をしていた小さな体が私の帰宅に気付いて振り返り笑ってくれる。

「ただいま帰りました。」

少し前まで彼女で、今では妻となった彼女の姿を見るだけでどことなく入っていた肩の力が抜けていくのがわかる。前までも半同棲状態だったが、先月籍を入れてちゃんと一緒に暮らし始めた。そんなにまで今までと生活は変わらないはずなのに、どうにも帰ってきて待ちわびてくれる人がいるのは悪くない。こうやって言葉を交わすのは、まだなんとも擽ったい。
ジャケットを脱いで、とりあえずラフなスウェットに履き替える。そんな事をしてる間に、彼女が食卓に一緒に選んだ色違いの食器を並べていくので自分は冷蔵庫からお茶のボトルを取り出して向かい側に腰掛けた。

「今日はね、卵が綺麗に焼けたの!」
「ん、美味そうですね」

皿の上に盛りつけられているオムライスは、卵もいい感じで半熟でふっくらとしている。湯気立つ料理が冷めないように、2人で手を合わせて いただきます。と声を合わせた。クタクタな腹は我慢できないと鳴いていているので、卵にケチャップを絡めて少し大きめの一口を頬張ると暖かい味が口内に広がる。

「ねね、どう?」
「卵もいい感じです。美味しいですよ」

彼女の料理はいつだって美味い。味もだが、私のことを思って作ってくれているのが伝わってくるような暖かさがある。素直な感想を伝えれば、すぐ嬉しそうに大きな瞳を細めて笑った。彼女は、本当にキラキラして眩しい。

「今日ね、病院で七海さーん。って呼ばれたときすぐに反応出来なかったの」
「慣れてもらわないと困ります。」
「そうなんだけどね、なんだか照れちゃった」

少し頬を染めながら俯いて細い指につけた結婚指輪を撫でる妻が愛おしくて、すぐにでも抱きしめたいが我慢する。そういえば、最近少し気分が優れないから病院に行くと今朝に言っていたのを思い出してスプーンを置いて少し姿勢を正した。

「そういえば、病院どうでしたか?」

季節の変わり目だし、風邪だろうかと笑っていた彼女を心配だからと半強制的に病院に送り出した。問い掛ければ、彼女は少し緊張した表情で固まってしまう。明らかな異変に、思わず眉間に皺が寄る。

「私、建人くんに言わなきゃいけない事があって」

真剣な声色に、只事じゃないのはわかる。理由は明らかにこの病院の話題のせいで、同じくスプーンを置いた小さな手を包み込んで握りしめた。

「…何か、悪い結果だったんですか?」

情けないが少し声がかすれてしまった。今更、彼女がいない世界など信じられない。それほど真っ黒な薄汚れた私の世界に眩しい彼女は必要不可欠な存在に膨れ上がってしまったのだ。手を思わず強く握ってしまったのかピクリと拳の力が入るのを手のひら越しに感じて、力を弱めると手の甲を親指で撫で上げた。次の言葉を待っている沈黙の時間はとても長く感じて、部屋にただ秒針を刻む音が大きく聞こえる。暫くすると、意を決したように顔をあげる彼女の表情は、私の予想外の顔をしていた。

「赤ちゃん、出来たみたいです」

ふにゃりと、柔らかい笑顔で笑う。その表情と、予想してなかった言葉に次は私が目を開いて固まってしまった。

「建人くん、忙しいのにごめんね」

その様子に何を勘違いしたのか、眉を下げて申し訳なさそうにしている彼女に首を振る。バカ、そうじゃない。そんな事思うわけない。食事中だったが立ち上がって、向かい側の座っている彼女のその小さい体を強く、しかし割れ物を扱うように丁寧に抱きしめた。

「こんな時に、謝るやつがあるか」

腕の中で、彼女の体温が伝わってくる。触れ合う場所から小さく鼓動も聞こえてきてそれがとても心地よい。胸の中の体は緊張していたのか、ふっと肩の力が抜けるのがわかった。おそるおそる、というように背中に腕を回される。

「…ありがとう。」

私を選んで、支えて、笑ってくれて。尚且つ、私との命を育んでくれたとなると感謝以外言葉が出ない。柔らかい栗色の髪の毛を撫でると、どことなくシャンプーと甘い香りがした。

「お礼を言うのはこっちよ」

細い腕で抱きしめ返してくれる彼女の声が少しだけ震えていて泣いているのかと心配になったが、ふと大切なことを思い出して名残惜しいが体を離した。こちらを見上げてくる大きな瞳を縁取る様に目の周りは少し赤らんでいて、水分の溜まった瞳はリビングのライトを反射させてキラキラと輝いていた。

「明日辞表出してきてください」
「え、流石に明日は無理よ。引き継ぎの事もあるし、別に私はギリギリとかでも…」
「ダメです。補助監督の仕事も過酷ですし、安定するまで何があるかわからないでしょう。1人や2人養うくらいは稼いでます」
「せっかちなパパだなぁ」

こちらは至って真剣に伝えているのに、当の本人はきょとんとしてからくすくすと小さく笑う。彼女から出る「パパ」という単語は、まだどうも擽ったい。未だになんだか信じられなくて、彼女の薄いお腹をじっと眺めているとそれに気付いたのかゆっくりとお腹を撫でた。

「まだ全然わかんないけど、触る?」

私の脂肪しかないよ!と笑う姿に釣られて口元を緩めながら、膝立ちになって目線を下げるとお腹を恐る恐る撫でた。彼女が言うように、まだ胎児の鼓動や動きは全くわからないが、服越しに彼女の体温は伝わってくる。

「…ここに、生きてるんですね」
「そうだね、まだ実感ないけどねー。建人くんは、男の子と女の子どっちがいい?」
「どっちでも、貴方に似てればどちらでも嬉しいです」

目を細めてゆっくりと腰に手を回して抱きしめて腹部に頬を擦り寄せた。その様子を見て、私の髪をゆっくりとした手付きで撫でてくれる。その手つきは言わずとも愛が溢れているような触れ方で擽ったい。

「でも、建人くんの髪とか目の色好きだから似て欲しいな」
「私は貴方の髪の毛好きですよ」
「えー、癖っ毛って大変だよ?サラサラの方がいいよ」
「そしたら、2人産めば問題ないですね」

髪の感触を楽しむように触れているのを目を瞑り感じる。トクトクと彼女の体の音に耳を澄ましていると、頭上からくすくすと笑う声が聞こえる。

「これからは、今まで以上に自分も大切にしてね」
「…心掛けます。貴方と家族を、守らせてください。」

顔を上げると、彼女の笑顔がある。私は本当に幸せ者だと噛みしめるが、このタイミングで絶対大丈夫、約束すると言い切れない私を許してほしい。でも、その返答も予想していたのか変わらず笑っていて、どちらともなくキスをした。


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