愛の宣戦布告を


今日は午前中に一件呪霊を払って昼過ぎには片付いたので高専で待機しながら報告書を作成していた。もうすぐ定時になる、と思った時に携帯が鳴り響いてウンザリする。応援要請はそこまで階級の高いものではない上に、そこまで近くも遠くもない場所だ。恐らく自分が向かうより現場近くの呪術師が向かう方が早いし、今回はそちらに任せるのが適任な案件。しかし、そのエリアが彼女の管理区域だから、大嫌いな労働時間外だがジャケットを羽織って補助監督に連絡を取るために携帯に指を滑らせた。馬鹿げてるとは、もう10年近くわかってはいる。

「…貴方は、またですか」
「あぁ、七海くん。お疲れー」

現場に着くともう既に帳は上がっていて払い終わった後だった。思ったより呪霊が暴れまわったのか瓦礫が散乱していて、見知った姿が見当たらない。今回は来ていないだけかもしれないがつい探し回っていると、瓦礫の先に、道路に横になって空をただボーッと仰いでいる彼女の姿があった。慌てて駆け寄ったが、本人はケロリとした表情でこちらに気付くとヒラヒラと右手を振ってくる。

「お疲れじゃないでしょう。本当、そろそろ死にますよ」

表面では平然を装って、横たわってる彼女を見下ろす。思ったより大きな外傷はなさそうだが、小さい切り傷で肌も服もボロボロになっている。フーッと深く大きな溜息を吐き出すと、彼女は栗色の瞳を細めて笑う。

「はは、でも毎回七海くんが助けてくれるでしょ?流石七海一級呪術師様」

毎回、そんな調子で笑っているから頭が痛くなる。手を伸ばしてくるのでそれを握って引っ張るが、本人は立ち上がる気なんてさらさらないのか体重を全てかけてくる。本気を出せば小柄な彼女なんてすぐに引っ張って起こすことは出来るが、仕方なしにしゃがんで背を見せた。そうすればのろのろとした動きで彼女は私の背中に身を預けて首元に手を回す。

「私だって暇じゃありません。」
「知ってるよ。最近五条くんの生徒も面倒見てるんでしょ?私なんて後輩の指導なんて適当だから難しいなー」

しがみ付いたのを確認して、彼女の足を抱えて立ち上がった。背中の温もりを感じながら足場の悪い道を歩いてとりあえず治療のために補助監督達がいる車の方を目指す。これが、学生時代から今までの時間をかけてお決まりのパターンになりつつある。
彼女は、昔からすぐ突っ走って後先考えずに戦う。考えているが、それより先に体が動くのだ、と酒の席で何度も熱弁されるが怪我をしてはそれこそ元も子もない。なんとも非合理的だ。そんな戦闘スタイルの彼女は確かに教師には向いていないのかもしれない。ドバーッてやってこう、ドシャーン!ってやればいいんだ!…なんて言い始めそうだ。
そんな中でも、彼女は楽しそうに笑いながら私の肩に顎を乗せて擦り寄って片手を首元から離せば私の頭を撫でてくる。彼女のようにさらさらな柔らかそうな髪に比べて、スタイリング剤をつけてかっちりしている男性の髪など何も楽しくないだろう。しかし、毎回彼女はまるで子供やペットを愛でるように触れてくる。

「あと、その子供扱いもやめてください」
「子供扱いなんてしてないよ!ただ可愛い後輩を愛でてるだけ」

相変わらず危機感がなくて、心配を通り越して呆れてくる。手を払いのけるのは彼女の両足を支えているので叶わず、少しだけその手から逃げる様に頭を遠ざけるとクスクスと耳元で笑い声を零しながら案の定想定内の台詞が帰ってくる。この毎回するおんぶだって、嫌という程背中に柔らかい感触が伝わってくるし、太ももや足の付け根を触れられてるのに恥ずかしがる素振りも見せない。わかってないのか、そういう異性の対象に思ってないのか。いや、彼女はタチが悪い事に両方だ。

「え、七海くん怒った?」

脳内で色々考えていて黙っていると、それを怒ってると思ったのか声に元気がなくなる。横に視線をやれば、心配そうに此方を覗き込んでくる彼女の顔がある。だから、近い。キスされても文句の一つも言えない距離だぞ。

「怒ってません、呆れてます。」

また溜息を深く吐き出してみせると、首に回ってる手の力が少しだけ強まった。彼女は、私に縋るように小さくなってしまう。

「…七海くん、ごめんね」

珍しく反省しているようで、小さい声が帰ってくる。足を支える力を緩めると、ピクリと動いた後に首に回していた手が名残惜しそうに離れていく。そのまま近くの段差に彼女を下ろしてその表情を伺うと、本当に私の機嫌が良くないと思っているのか俯いて暗い表情していた。まるで叱られた子供の様で、彼女といると何度だって吐き出してしまう溜息にまたピクリと肩を震わせる。その様子は、普段勇ましく戦っている様子とはかけ離れていて、借りてきた猫の様だった。

「私は、貴方のこと昔も今も一人の女性として思ってますよ」
「へ?」

辺りは砂だらけだが汚れる事など気にせずに片膝をついて視線を高さを合わせる。彼女の手に触れてみると、小さい傷の跡があるが自分のものと違って細く白くて綺麗だった。私の台詞に頭がついていっていないのか、キョトンと此方を見つめてくる瞳は大きく澄み渡る様な色味で、もう夜になって暗い中でも吸い込まれていきそうな錯覚になる。そんな彼女が逃げられないように頬に添えて、距離を縮めて顔を近付けた。

「え、あ、ちょっ…七海く…!」

やっと我に帰ったのか、焦った様に声を漏らす彼女はギュッと目を閉じて肩に力が入る。そのまま額に口付けを落として、彼女の様子を観察しているとおずおずと開かれた瞳と視線が絡んだ。

「期待しました?」

自分でも今意地悪そうな顔をしているのがわかる。先程の戦闘でつけた傷が頬にも数箇所あり、滲みない様にそこを避けながら頬から耳に手を滑らせて柔らかい耳たぶの感触を堪能していると、まるで効果音がつくんじゃないかと思うくらい勢いよく彼女の頬や耳まで色付いていった。

「馬鹿にすんな、ばーか!!」

照れている故か、焦っているからか語彙力が全くなくて思わず吹き出してしまう。その様子を見て肩を震わせながら言葉を探していら彼女から仕返しされる前に、膝裏と腰に手を回してそのまま抱き上げた。

「ひぇ?!」

俗に言うお姫様だっこというやつをしてみると、密着する面積は先程よりも少ないが真っ赤になった顔がよく見えて悪くない。そのまま歩き出すと、数秒してから彼女が手足をばたつかせるので一度立ち止まってもう一度抱え直した。

「こら、あんまり暴れないでください。放り投げますよ」
「だ、だってぇ…!」

もうキャパオーバーなのか、真っ赤に染まった頬を隠すように両手で覆ってしまう。しかし、柔らかい髪の毛の合間から見える耳が赤いので全部バレバレだった。顔が見えないので手を退かしてやりたいが、生憎私も両手が塞がっている。小さく バカ。と力なく漏れてくれるので、仕方なく身を屈めて指先に口付けてみるとまた間抜けな悲鳴が聞こえた。

「健気に待ってましたが、鈍感な貴方には効果はないみたいですね。これからは正面からどんどんアプローチさせてもらうんで、覚悟しといてください」

10年、この関係を壊すのにはもう十分に待ったはずだ。もうそろそろ一歩踏み出すのも、いい頃合いだろう。

「こ、こんな七海くん知らない!」

ハクハクとまるで餌を求める金魚の様に真っ赤になりながら、どうにか最後の反論に喉奥から言葉を振り絞っている。自然と口元が緩んでしまうのをもう隠さずに、腕の中の愛おしい存在に宣戦布告した。

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