冬に咲く向日葵みたいに



「補助監督さん、渋滞に巻き込まれててあと30分かかるってさー」
「おー、連絡サンキュー」
電話を切って後ろを振り返ると、琢真はガードレールに寄りかかって空を仰いでいた。私が声をかけると上を向いていた視線は此方に移り、体を起こして背伸びする。
今日は同期の琢真との合同任務で、ダム近くの上流部分での発生している呪霊の討伐任務だった。発生源は、その場所が一部で自殺スポットで有名故らしい。そして中流ではそのご遺体が流れてくるので、悪ふざけした人達が幽霊が出るらしいし、あわよくば本物が…なんて肝試しスポットにもなっている。何とも胸糞悪い案件だったので、今日は一人じゃなくて良かったと今でも思う。
祓い終わってから合流地点の広場にきたが黒塗りの車の姿はなかった。30分あれば山の麓まで行けなくもないが、今日は朝からもう一件任務があったしこの案件は心身的にも疲れたからちょっとそこまで元気は出ない。かといって、二人で並んでガードレールにもたれて座って、流れる雲と鳥の囀りを聞き続けているのも時間がとてつもなく感じてしまうし、2月の山の上は結構寒い。
「コンビニ行かね?徒歩5分だってよ!」
「お、いいね。行こ行こ!」
スマホを弄っていた琢真がおっと声を漏らしてマップ画面を差し出してくる。確かに今の広場から徒歩5分の距離にコンビニがあって、それ以外は青々とした木と道路ばかりで何もなかった。ドライバーの人たちはきっと唯一の休憩スポットで使ってるんだろうな。流石に30分ずっと風に吹かれるのも耐えられないので、私と琢真はポケットに手を入れて歩き出した。
「琢真さー、七海さんから推薦もらえそー?」
「んー…あともうちょいかなー…」
「本当に?」
「本当本当!俺の京都での活躍褒めてくれたし!!」
山道の歩道は人一人歩けるくらいの幅がなくて、前を歩く全身真っ黒で少し寒さで猫背気味になってる琢真の背中に言葉を投げかける。風の音にかき消されないようにお互いちょっと大きな声で他愛もない話をして、彼が大好きな七海さんの話をし始めたのでまたかと思いながら耳を傾ける。ふと、先程より少しだけ寒くないのに気付いて、すぐに理由がわかった。意図せず琢真が風よけになってくれるようで、身振り手振り七海さんの戦闘シーンを説明をするときに彼が動いた隙間から冷たい山風が通り抜けて私に届く。私はシャドウボクシングするみたいに見えない風を琢真の動きに合わせて避けていると、あっという間に閑散とした少しだけ古びた小さなコンビニに到着した。
「あったかけぇー…」
「今回川沿いで寒かったから沁みるわー…」
聴き慣れた陽気な音楽と一緒に扉が開くと、暖かい暖房の風が一緒にお出迎えしてくれる。戦闘の時はアドレナリンが出ていたから気にならなかったけど、少し濡れたりもしたから地味に寒かった。2人でホットドリンクコーナーに行って珈琲やココアを手に取ると、ペットボトルからじんわりと熱が伝わってきて指先が温まる。レジに向かっていると、またもや魅力的なポップが目に入った。
「肉まん派?あんまん派?」
「そりゃ肉まんだろ」
「私はピザまんー」
美味しそうな蒸気とともにレジ横で陳列しているホットスナック達を見ると、隠れていた空腹も顔を覗かせてくる。店員さんのお爺ちゃんに二つ注文すると、ゆっくりとした動きで袋詰めしてくれた。その間に私と琢真はお互いにトレイの中に小銭を出し合うと、私はピッタリあったけど琢真はギリ10円なくて悔しそうに千円札を出して、お釣りを貰うと小銭の所が辺に膨らんでしまって何とも言えない表情をしていたから思わず笑ってしまった。
「うー風が寒ぃ…!」
外に出ると忘れていた冬の風が刺さるように痛い。肩をすくめながら駐車場の小脇に移動して袋から包み紙を手に取る。中にはほんのりオレンジのような着色されたつるりと丸いピザまんがいて、齧り付くと食べ慣れた味が口の中に広がった。思い返すと朝エナジードリンクしか飲んでいないから、一口食べるごとに満たされているはずなのに余計に空腹が刺激される。一息ついて息を吐き出すと、口の中が余計に暖かくなっているのか白い息に変わる。隣を見れば、ハフハフと熱い肉まんを口内で冷やしながら琢真が頬張っていた。
「ね、肉まんちょうだい」
「ほら言っただろー?肉まんの方がいいって」
不思議と人が食べていると美味しさが2割マシに見えて、私がそういえば琢真はえーと言った顔で見下ろしてくる。ごめんごめんと言葉ほど反省はせずに笑うと、琢真もそんなに怒っているわけではないからしょうがないなーと言葉を漏らしていた。
「ほら、」
一口欲しい、ってくらいの気持ちだったけど、琢真は肉まんを半分に割って私に差し出してくる。何なら食べていたので、彼の手元には4分の1くらいしか残っていなかった。折角の肉まんなのに申し訳ないと思うけど、私に差し出してくる彼は別に嫌そうでも惜しそうでもなくて、純粋に私にあげるって気持ちだけな表情だ。何だかそれが胸の奥がくすぐったくて、私もピザまんを半分にした。
「どーぞ。」
「どーも。」
チーズが伸びて半分になったピザまんを差し出すと、彼は小さく頭を下げる。私も頭を下げて受け取って、平和な半分条約が成立した。暖かい肉まんを頬張るとピザまんの濃厚さとまた違って、暖かい優しい味がした。
「今日も生きててよかったね。」
ボソリと肉まんを見下ろしながら言葉を漏らす。今日も、明日も明後日も、絶対死なないって保証はない。こうやって寒い時は寒いって感じて、美味しいものを食べるのは当たり前じゃないんだとふとした時に思う。そして、それが誰かと一緒なら尚更だった。真昼間なのに、広い駐車場も前を通る道路も車が来ることはあまりない。遠くで川が流れる音が風に乗って聞こえた気がした。
「まっ、俺がいれば今日の呪霊くらい楽勝だわ」
「そんな偉そうな事、大好きな七海さんは言わないと思う。」
「ぅ…」
最後の一口の肉まんを口の中に放り込みながら琢真がそういうので、七海さんを脳内で呼び出してみれば相変わらず想像の中でも大人オブ大人で、そう言えば琢真は言葉を濁す。彼は七海さんに憧れているし、確かに私も七海さんは強くて紳士でスマートだからかっこいいとは思う。でも琢真はこういう陽気な所がいい所だし、そこは彼もままでいて欲しいなとは思う。…まぁ、学生時代から彼を知ってる身からすれば、どう頑張っても彼は全部を七海さんみたいにはなれなさそうだけど、それをわざわざ言葉にするまでもないだろう。
「なぁ、」
「ん?」
呼ばれて顔を上げれば、琢真はこっちを見てなくて前を真っ直ぐ見ていた。横顔は記憶の中の学生時代よりも男性らしい骨格になっていて、時の流れをしみじみと感じてしまう。
「俺さ、七海さんに一人前って認めてもらえて、一級呪術師になったら…お前に言いたい事あるんだよね。」
彼の喉仏が唾液を飲み込んで上下に揺れる。そんな繊細な動きさえも感じてしまうくらい、琢真から目が離せなかった。あんなに寒いと思っていたけど、今はじわじわと体が暖かい。それがピザまんのせいなのか、彼のせいなのか上手くわからなかった。
「それ、今じゃダメなの?」
「ダメ!ぜっ…てぇーダメ!これは男の、なんつーか…ケジメなの!」
さっきまで真面目な雰囲気はどこかへ行って、バッと勢いよくコチラを見ると琢真は凄い剣幕で言うので思わず吹き出してしまった。そのタイミングでちょうど駐車場に見慣れた車が入ってきて、運転席の窓が開くと補助監督さんのすみません!という声が無人の駐車場に響きわたる。
「わかった、待ってるね。」
「…ぉお。」
下から見上げて笑って見せれば、琢真は一拍遅れて頬をかきながら目を逸らして小さく返事を漏らす。元々楽しみだったけど、彼が一級になるのが尚更楽しみになってしまった。私も最後の肉まんを口の中へ放り込んで、2人で補助監督さんの待つ車に乗り込んだ。


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