絡めた指が愛になる
最近いつ秋になるんだろうと思っている内に、いつの間にか寒さがぐっと増して秋を通り越して冬に切り替わっていく。個人的には秋服の方が好きでついつい買い込んでしまうから、寒さのスピードのせいで結局コートで着込んで隠れてしまい後悔するのに学習能力がないから毎年同じ失敗を繰り返す。
待機室には昔ながらの石油ストーブが鈍い音を立てている。まだ若干部屋全体は温まっていないので手元のマグカップで暖をとっていると、滑りの悪い扉が鉄の錆びた嫌な音を立てながら開いた。
「お疲れ様です。」
「あ、七海くんお疲れ様!お昼?」
「えぇ。貴女は……まさかそれが昼食なんていいませんよね?」
入ってきたのは一個下の七海くんで、ひらりと手を振れば小さく会釈を返してくれる。彼の手物には茶色の紙袋が抱きしめられていて、そこに印字されているロゴは前に七海くんが教えてくれたお気に入りのパン屋さんだった気がする。七海くんは後ろ手で扉を閉めるとそのまま私の向かいのソファーに腰掛けた。そして私の手元を見ると、心底ドン引きしたような表情を浮かべる。
「えへへ……忙しいから適当でいいかなぁって…」
私の目の前には次の任務の書類と少し冷め始めたココアに、差し入れとして事務室でもらったチョコ二つとお煎餅一つ。普段からそんな朝食を食べる習慣もないし、今日は送迎してくれる補助監督さんのスケジュールがクイックで忙しそうだったから任務帰りの途中にコンビニに寄って欲しいとも言えなかった。苦笑いして返せば、七海くんから重々しい溜息が漏れた。彼はいつも苦労人で溜息ばかりだから、どんどん幸せが逃げていきそうで心配になる。
「それで体を壊したら元も子もないですよ。これ、よかったらどうぞ。」
「え、いいの⁉︎ありがとー!」
そう言うと七海くんは持っていた紙袋に手を入れて一つを私に差し出してくれる。そこら辺のスーパーで売っているようなパンじゃなくて、グリルされて美味しそうに焼き目がついたウィンナーがパンに挟まっている。一緒にトッピングれているチーズもきっと一種類ではなくて本当に美味しそうだ。申し訳ない反面、こんなに美味しそうなパンを見てしまうと自分が年上なのを忘れて純粋に喜んでしまった。七海くんも此処で食事を始めるようで、他にもカスクートや大葉とシラスが乗ったまんまるの可愛いパンなどが次々と紙袋から出てきてまるで魔法のポケットみたいだ。食べる前から楽しみで足をパタパタさせながら彼の支度が出来るのを待って、二人で手を合わせてパンに齧り付いた。
「んー!なにこれふわっふわで美味しい!」
「お口にあってよかったです。」
ウィンナーの肉汁もハジげて、パンもハード系かと思いきや中はふわふわで美味しい。トッピングされているのはチーズだけかと思ったけど、ちょっとグラタン?みたいなものも入って濃厚で美味しい。そんなにお腹は減っていないからあぁいうお菓子で済ませようかと思っていたのが嘘みたいに食べたら食べるだけ美味しくて次も食べたくなる。あっという間になくなって一息ついて顔を上げると、七海くんが大きな口でカスクートを三分の一食べていた。普段お行儀の良い七海くんだけど、こうやって食べる時は豪快だから見てて楽しい。
「いくらだった?お金返すね。」
「いえ、大丈夫です。」
「大丈夫じゃない!後輩なんだから大人しく貰っておきなさい!」
きっと美味しいパン屋さんのパンだから、余裕で三百から下手したら五百円はするだろう。やっと先輩面して胸を張って言えば、七海くんは顎に置いて考える素振りを見せると顔を上げた。
「そしたら、今度ご飯に行きませんか?」
「ご飯?全然いいよ!なんなら今日でも空いてるけど、七海くんはどう?」
「私もこの後一件なので、定時で上がれそうです」
「そしたら決まり!七海くんが食べたいのなんでも奢ってあげるから、候補考えておいて!」
幸いにも私も今日の任務は事前調査なので定時で上がれそうだ。このブラック企業上等な世界では奇跡に近いので、親指を立てて見せれば七海くんはサングラスの位置を整えながらわかりましたと返事が返ってくる。今日は美味しいパンを食べたから元気満タンで、寧ろお腹と心が幸せ過ぎて眠くならないか心配だ。元気よく立ち上がると気合を入れる為に背伸びして、まだコーヒーを飲んでいる彼にまた夜にと言葉をかけて早足で待機室を後にした。
「今日はご馳走様でした。」
「いえいえ、こちらこそお陰様で夜までお仕事頑張れました。」
任務終わりに七海くんから届いたお店に現地集合した。そこはピザや肉などのメニューが豊富なバルで、ワインもその料理によってそれぞれ店員さんのオススメがあってとても面白かった。硝子ちゃんや歌姫さんと飲むときは面倒でボトルを開けることが多いので、こうやって食事とお酒を嗜むのはとても楽しい時間だった。お店の前で向き合って会釈しあって一緒に歩き出す。ふと隣を見上げると、夜の街灯に照らされて七海くんの髪が輝いている。さり気なく車道歩いてくれるし、今日の注文もスムーズで良いワインをセレクトしてくれたりして、
「七海くんって本当凄くモテるでしょ。」
「…なんですか、急に。」
ついつい内心思ったことを素直に本人に伝えてしまい、七海くんはちょっと間をおいてから私を見下ろす。普段お酒はまぁまぁあのザルの同期や先輩たちと飲める位は強いつもりだ。だけど今日は度数や赤白関係なく色んな種類飲んだせいかちょっとホワホワしてる。そういえば、七海くんもお酒に強いんだった。
「私にもいつも気にかけてくれて優しいし、ふとした変化に気付いて褒めてくれたり心配してくれるし、紳士的でかっこいいし、もう悪いトコないよなぁってしみじみ思ってさー」
指折りで彼の良いところを上げてみるが、すぐに十本指が埋まってしまいそうだった。本心で思っているのに、隣に立っている彼は褒めらえている人と思えないくらいちょっと不服そうだった。
「貴女だからですよ。」
「へ?」
真上から降ってきた言葉の意味が今私が言っていた会話との繋がりが全くわからないで間抜けな声が漏れる。そんな私の反応なんて予想内なのか、七海くんは人通りが少なくなった場所で立ち止まる。
「貴女はいつも隙だらけで、すぐ他の男に掻っ攫われそうで気が気がなくて心配で目が離せない。褒められ慣れてなくて照れている時も、楽しそうに笑う顔も全部可愛らしくて堪りません。あと…」
「ちょ、ちょっと待って…⁉︎」
私の仕草をなぞるように七海くんも指折りして様々なポイントを上げてくる。最初はほとんど悪口だな?やっぱり私の褒めは変な風に受け止められて怒っている?なんて思っていると後半はなんだか様子が変わってくる。慌てて止めると七海が折っていた指の動きを止めて、顔を上げる。サングラス越しの視線は真っ直ぐ私を捉えていて、思わずぐっと息を飲んだ。
「まだわかりませんか?」
「ちょっと待ってね……私は先輩、七海くんは後輩ね?うん、うんうん、わかる。私も七海くんや伊地知くんが可愛いもん。」
「それ、本気で言ってますか?」
自分なりの解釈でどうにか情報を整理していたけれど、七海のワントーン低くなった声に次の台詞が出てこなかった。
「だって、じゃないと勘違いしそう…」
そんな事を言われて、そんな目で見つめられると勘違いしてしまう。じわじわと熱くなる顔はきっとお酒のせいだけじゃない。昼間より夜の方が寒くて、さっきまで今年こそ早めにダウンを買わなくちゃと思っていたのにそんなの忘れてしまうくらい全身が火照っている。こんな顔で、ずっと後輩として接していた七海くんの顔が見れなくて俯くと視界には新宿のアスファルトと私のパンプスと七海くんの革靴だけがある。
「勘違いじゃありません。本気にしてください。後輩である前に、私は一人の男です。」
七海くんの革靴が一歩踏み出して、二人の距離が縮まる。彼の台詞と声を前にしたら、顔が見えなくともこんなに色っぽくて官能的なのかと羞恥心を通り越して最早尊敬してきた。そんな現実逃避に走っていると、七海くんの腕が視界に侵入してきた。
「…私じゃダメですか?」
控えめに呟かれた言葉と、私の手に触れる指先。いつの間にか緊張のせいかキツく握り締めた手の甲を撫でるように彼の指が控えめに触れる。少し私が力が抜けたのを合図に、大きな手の平にあっという間にすっぽりと包まれてしまった。
「ダメって言うか……だって七海くんは大人っぽくて、いつだって余裕な態度だからそんな事思ってもなかったから…」
繋いだ手から目を離せないままボソボソと地面に向けて言葉を漏らす。いつだって、七海くんは大人びていて私や五条くんが騒いでいるのを溜息吐いて眺めていた。なんとなく、彼は大人の綺麗な女性とお付き合いするんだろうなと思っていたから、本当にこんな事想像していなかったのだ。だから彼の言うことは本当なのかとどうしても疑ってしまう反面、やはり好意を向けられるのは嬉しい気持ちがある。色んな感情がせめぎ合っている中で、不意に手を引かれて今までの灰色の視界がぐらりと傾いた。
「…どうですか。余裕なんて、もうありません。」
彼から繋がれた手はそのまま七海くんの胸元に押し当てられる。反射的に腕を引きそうになるが、それに気付いてさらにぐっと手首を掴まれて七海くんのネクタイがヨレた。シャツ越しに七海くんの肌に触れると、ちょっとだけ熱い。その後にドクドクと脈を感じて、それが私のものでなくて彼の動悸だと気付くのは暫く経ってからだった。
「私を選んでください。」
私の心も脳みそも全部射抜くような強い瞳から目を逸せない。あんな大人オブ大人で紳士的な七海くんも、こんな風にドキドキして緊張したり余裕なさげに眉寄せたりするんだ。数分前まで指折っていた彼の良さにそれも追加されて、それと同時に他の人に知られたくないと思った。
「…ちゃんと言葉にしてくれないと、やだ。」
私の絞り出した言葉に、七海くんの瞳はちょっとだけ丸くなる。ゆっくりと私の手首を離すと、その手は少し悩んだように宙を彷徨う。控えめに、私にお伺いするように開かれた両手に、私も両手を広げ返すと彼の肩がホッと少しだけ力が抜けた気がした。そんないじらしい姿にキュンとした後に、ゆっくりと抱き締められる。
「好きです。先輩としてでなく、一人の女性として貴女が好きです。」
身長差があるのでちょうど彼の胸元に顔を埋める形になるので、頬擦りするように誤魔化して耳を胸元に当てる。相変わらずドクドクと速い鼓動で全身に血液を運んでいて、それが素直な彼の好きが込められているようで愛おしい。人には言葉にしてと我儘言っておきながら私は照れ臭くて、返事は全身全霊でギュと広い胸板に抱き着いた。
「ところで、まだ一緒にいたいと思ってるんですが、どうですか?」
熱いハグが終わって、まだまだ熱が冷めないうちに駅に向かって歩いているとその爆弾発言が投下された。意味がわからないほど子供ではなくて、やっと夜風で少しマシになってきたのに一気に頬がボボボッと赤くなるのが嫌でもわかる。
「きょ…今日はキャパオーバーなので、家に帰してください…」
今日はこの短時間で七海くんから致死量のキュンを貰ったので、これ以上注がれたらトキメキ死させられるだろうし1ヶ月くらい彼の顔を見れなくなりそうだ。おずおずと返事を返して申し訳なくなるが、七海くんは冗談ですと笑った。
「次の食事は彼氏として出させてくださいね。」
口端を上げてそう悪戯っぽく言う彼にしてやられたと思う。悔しいのに、今の私はそれだけで心が乱されるから本当にもう先輩と後輩に戻れないんだとしみじみとわからされてしまった。
- 11 -
←→
TOP