ワーパレ/土曜日には花束を


ワーパレ/土曜日には花束を
デートのつもり横目で窺う教えて

三ヶ月前、ずっと恋焦がれていた同期の七海と晴れて恋人同士になれた。

「いい加減、この曖昧な関係終わりにしませんか?」

いつもみたいに仕事終わりに飲みに行って、お開きにするタイミングで言われたこの言葉。サングラスを外して私を見下ろす七海の瞳はお酒のせいだけでは済まない熱が込められていて、私だってその意味がわからない程幼稚ではなかった。毎回一軒目で解散だったけど、その日は初めて二軒目で薄暗い洒落たバーなんかに行っちゃって、お互いに想いを伝えあって、見事両思いで交際スタート。って感じ。

『終わったから先にお店向かうねー』

アプリを開くとピンを付けているのでトーク履歴の一番上にいつだって七海の名前が表示されている。タプタプと指を滑らせ要件だけ送信すると、十分も経たない内に『今任務が終わりました』と彼方からも簡単なメッセージが届いた。
ちなみに今日は行きたかった焼き鳥屋さんにした。焼き鳥って家で食べるって言うよりやっぱり居酒屋とかに食べに行くのが一番美味しいし、今日は暑いからそれにビールを物凄く飲みたい気分だ。考えるだけでお腹が減ってきて、ついつい気持ち歩調の広くなり浮き足立つ。
七海と付き合い始めて、連絡の機会は増えた。今まで業務連絡と時折食事のお誘いだったのが、世間話だったりおはようおやすみなどの日常の挨拶もするようになったし、会えない日が続くと電話することもある。機械越しに聞く七海の声はいつもより声の低さがダイレクトに鼓膜に届くし、時折挟む吐息になんとなく指先が擽ったくなるのは秘密だ。任務の合間に時々談話室でお昼ご飯を食べたりするから顔を合わせる事も圧倒的に増えたなぁ。こうやって飲みに行く日は二軒目はどちらかの家に行き始めたのは一ヶ月前で、その、そういう事もあったりとか。つまり、同期歴が長かったから付き合うっていっても大丈夫なのかな?と心配だったけど、意外と順調に恋人が出来ているってわけだ。

「あ、七海お疲れー」
「お疲れ様です。」

カウンター席で一人お通しをツマミに空っぽの胃にビールを流しながら脳内でしみじみしながら一人で頷いていると、入口の暖簾を潜る噂の本人の姿が見えた。店員さんに声をかけられていたので手を上げて七海を呼べば、彼らはお互いに会釈して新規のお客様じゃなくてお連れ様として店内をご案内される。
秋が近付いてきたけどまだまだ気温は暑い。スーツのジャケットを脱ぐ七海はなんだ、その、相変わらずカッコいいなぁと思っちゃって、変に気恥ずかしくなりビールを飲み干してからメニュー表を二人の間に開いた。

「そういえば、次の土曜にどうにか休みが取れました。」

最初に私が適当に頼んだ焼き鳥が香ばしい香りと共にやってきた時に、タイミングよく七海のビールと私が追加で頼んだレモンサワーも届く。お疲れ様の乾杯をしてねぎまに齧り付いてる瞬間にそう言われて、いきなり何事だろうと横目で七海を窺うと彼はビールを半分以上一気に飲み干している最中だった。

「そうなの?よかったね。何連勤が終わるの?」
「…19連勤です。」
「あはは、1ヶ月跨がなくてよかったねー」

心底嫌そうな顔して溜息を重たく吐き出す七海につい笑ってしまう。長年一緒にいる私からすれば、彼は機嫌が案外顔に出るから面白い。七海さんは大人オブ大人でクールですよね!という子達もいるけど、好きな事と嫌いな事なんか結構わかりやすいと思う。多分、大人だから嫌だけど仕方なくこなすので、そう勘違いされちゃうんだろうなぁ。七海がぼんじりの串を食べてる姿を肘をついて眺める。紳士でお上品そうなのに、特にパンとかを大きなお口で食べてる姿も意外と好きなんだよね……あれ、私さっきから七海の好きな所しか考えてないな。案外酔ってきてるのかも。

「貴女も休みでしょう?」
「…あー、そうだっけ?あんまり意識してなかったや。」
「お互いにクソみたいに働きすぎだ。…一応、この間いただいた予定表だとそうなってましたよ。」

七海を眺めながらにやにやしてしまうのを必死に耐えていると、ふと彼がこちらを見てきたので誤魔化すように姿勢を正した。そういえば、七海に任務の予定表を送れって言われたからこの間写真を送ったかも。悲しきことに本当に"予定表"なので、休みの日に任務が入ることもあれば最悪前後含めて出張を組まれたりするから、いつの日かあまりその予定を気にしなくなってきた。

「そっかー、あと四日で休みかー。そう思うとなんか頑張れるなー!」

でも休みと認識してしまえば、やっぱり休みが欲しい。準一級の私は七海ほどは忙しくないけど、一応今10連休は超えているはずだ。レバーを食べてレモンサワーを煽り、上に両手を上げて背伸びする。控えめにストレッチすると背骨と腰がボキッやらピキッやら軋む音がする。

「土曜日、予定は?」
「ん?今知ったくらいだから特にないよ」

本当はたった今マッサージか整体に行こうかなーと思ったけど、隣を見ると七海が真っ直ぐ私を見下ろしていたからつい咄嗟的にそう答えて腕を下ろした。七海、いつの間にかサングラス外してる。サングラス越しに色素の薄い睫毛が伏せられる所を見るのも好きだし、こうやって直接彼の目の色を見れるのも好きなんだよね。

「そしたら、一緒にどこか出掛けませんか?」
「へ?」

相変わらずポンポン出てくる彼の好きな所を見つけて惚けていると、全く予想してなかった言葉に思わず間抜けな声が漏れた。つい今から食べようとして箸で摘んでいたウズラの卵がつるりと滑って、どうにか元々の器の中に戻ってくれる。

「…付き合ってから、デートに行ったことなかったでしょう?遅くなってしまいましたが、どこか行きたいところなどあれば…」
「え?えっ??ちょ、ちょっと待って、」

きっと間抜けな顔をしている私を他所に、七海は相変わらず低く耳に通る声で話し続ける。こんなにザワザワと居酒屋は賑わってるのに、まるで七海と私だけどっかに行っちゃったみたいに彼の声だけ鮮明に聞こえる気がする。私が両手を彼の顔の前にやると、七海は喋ってる口をきゅっと閉じる。あ、ちょっとだけ不満そう。

「わ、たし…こうやって飲みに行ったり、家に来るのがデートだと…」

自分で言いながら、どんどん顔が熱くなってきてきて語尾が小さく消えていった。えっえっ、私間違ってた?付き合い始めてから初めてご飯に誘ってくれたとき、初デートじゃんってウキウキしていつもよりも高専出る前に髪型とか気にして任務で汚れてないか気にしたり、初めてお家来るって時心臓バックバクで死んじゃいそうだった。百歩、いや五百歩譲って飲み行くのは友達の延長線だったとしても、家来るのはおうちデートってやつじゃないの?
ぐるぐる思考が混乱して、考えることによってまた顔が熱くなって。それを繰り返して俯きがちだったがチラリと隣の七海を見上げると、少し驚いたように目を開いていて暫くしてふー…っと深い溜息を吐き出す。オイオイやめろ今手のひらに君の息がかかって擽ったいぞ。

「違う、と言ってしまうのも少し違う気もしますが……いや、しかし…」

1人でぶつぶつと独り言を呟いたあと、引っ込みがつかなくなった私の手を取ってそのまま彼の膝下へ導かれる。カウンターの下、七海の膝の上で手を重ねるように触れられて、じんじんと熱かった。

「とりあえず、こうやって食事に誘っているのも同期の頃からの延長線じゃなく、きちんと恋人として意識してくださってるなら安心しました。…貴女、変に天然なところがありますから。」
「そりゃ、まぁ……流石にやっと付き合えたんだから、誘ってもらえると嬉しいよ…?」

手を繋ぐ事なんて初めてじゃないのに、そこから目を離せないでいると頭上から七海の声が落ちてくる。なんか後半悪口言われたような気がするけど、まぁそこにツッコミ入れるのは今の空気的に違うだろう。モゴモゴと素直にそう返せば、重なっている大きな手がピクリと動く。私の手の甲を指先が撫でて、滑るように触れると緊張していた私の手はあっという間に指先を絡ませながら握られた。

「そこ以外は考えものです。夜だけのデートしか私がしないと思ってましたか?」
「だ、だってさぁ……私たち忙しいし、青春時代に夢見たような、ザ!デート!って感じをするのってあんまり想像出来なくて…」
「舐められたら困ります。貴女がしたいデートくらいなんでもしてあげますよ。」

七海の手が私の手を翻弄しているのを見ていると、なんか、彼と体を重ねている時を思い出してしまって恥ずかしくなり顔を上げて誤魔化すようににへらと笑って見せる。そう、第一に休みがかぶる事がこの3ヶ月なかった。流石社畜社会。高専時代に読んでた少女漫画みたいに、夏祭りデートとか放課後デートとか、そういう諸々は休みがあってこそ出来るのだ。だからこうして夜出掛けるのが社会人のデートの仕方だと思ってた。
それなのに七海はピシャリとそう言い切って、照れを通り越して拍子抜けしてしまった。七海はまだ一杯しか飲んでないし、何よりお酒が強いから酔ってるわけではないはずなのに、ほんのり目尻付近がいつもより血色が良さそうな気がする。

「とりあえず、意地でも土曜日は休みを勝ち取ってください。伊地知くんに頼まれても五条さんに押し付けられてもダメです。ちゃんと金曜日も定時で上がれるように。」
「は、はい!」

やっぱり七海はわかりやすい。でも、これは私だけの特権でいたいから、他の人になんて教えないけど。追加で頼んだものが届けられたタイミングでするりと手を離されて、またカウンターに向き合いながら食事を再開する。彼の口癖の定時を聞きながら気合を入れて返事をしてみせれば、七海はふっと口元を緩めた。

「貴女との初デート、楽しみにしてます。」
「…うん、うん!私も楽しみ!!」

七海が誘ってくれた事以上に、彼が私と同じように一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれているのがとてつもなく嬉しい。彼が教えてくれる初デートってやつに心踊ろらせながら、レモンサワーを飲み干して絶対に休みをもぎ取ってやると意気込んだ。

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