黄昏時の前に


 意識がふわふわと浮上してくると、足先の冷たさから先に意識がはっきりとしてくる。もぞりと背中を丸めて自分の足元へ視線をやれば、寝相が悪かったのかいつの間にか布団を蹴っていて足がひょっこりと出てしまっていたようだった。26度に設定されていた空調も、日が沈み始めると少しだけ肌寒く感じる。壁にかけられた時計を見れば16時を回っていて、カーテンから差し込んでくる日差しも昼間よりも柔らかい。そろそろ起き上がる時間だけど名残惜しくて、足を縮めて布団の中に再び侵入しお目当てのぬくもりを探してするすると足先を彷徨わせた。
「冷てっ」
 つま先にコツンと当たった肌にぴっとりと足を絡めると、ピクリとそれが震えて布団を挟んだ先から声が聞こえる。私の冷たさで起きたようで、寝起き特有の掠れた声で小さく唸っていてそれが面白くて笑ってしまった。彼の足の体温が私に伝染するみたいに、あんなに冷たかったのにじわじわた温かくなってきたのがわかる。再び眠気に襲われそうだったけれど、布が擦れる音をしながら布団の先からあちら側を向いて寝ていた彼が私の方に体ごと向けてやってきたので頑張って重たい瞼を開けた。
「流石にまた寝たら今日寝れなくなるぞ。」
「うーん、わかってる…。ふぁあ…買い物行く?」
「そうだな、行くか。」
 昔は休みの日は寝ても寝ても足りないくらいだったけれど、最近は休日も勝手に朝早く目が覚めてしまって年齢を重ねてるのを毎年実感している。ちゃんと起きる気でいるのに、篤也から布団を剥ぎ取られて一気に外気に体が触れると思わず身を縮め込んで億劫になった。欠伸を漏らしてもぞもぞと重たい体をやっとの思いで起こすと、ワガママ言う子供にするように私の頭にポンっと手を置いて一度だけ軽く撫でると篤也もベットから降りて伸びをした。
 稀に合う二人の休日は、朝起きてニュースをただ流し見しながら溜まった洗濯物を二回転分干す。朝と昼が合体した中途半端にご飯を食べて、録画していたドラマか映画を一本見る。そして、ちょっとだけ昼寝をして夕飯の買い物に行くのが私たちの日常でお決まりのルーティーンだ。
 
「今日のご飯なににする?どんな気分?」
「あー、何だろうな。昼は素麺だったから、とりあえず米だな。」
 夕方になり日差しは日中よりも柔らかくはなったが、真夏の今はまだ日が暮れることはなく外は明るい。蝉が忙しいく鳴いていて、部屋との温度差でじんわりと暑さが体を蝕んでくる。お互いにTシャツやスリッパなど適当な格好で並んで歩きながら献立会議をしていると、辺りがガヤガヤと人の声が増えてくる。私たちのお目当ての買い物スポットは、近所の商店街だ。都会だけちょっとだけ離れている我が家に決めた決定打は、この商店街の存在だった。八百屋さんや魚屋さん、お肉屋さんと並んでいるこの通りは近所の人ばかりがきていて家族連れやおじいちゃんおばあちゃんなどばかりでまさに地域密着型と言うやつだった。野菜だって駅中のスーパーとかと比べると値段が全然違うし、季節の食べ物をオススメしてもらって実際に話を聞けたりするのは何だか楽しいし嬉しい。
「お、きゅうり安いんじゃねぇの?」
「あ、本当だ!もうなかったよね?」
「この間食ってもうねぇと思うけど、」
「おじさん、これ一つくださーい!」
 段ボールに赤いペンで書かれた即席の値札を見て足を止めて、ザルに盛られた一人分のきゅうりを指差して店員さんのおじさんに声をかけた。ついでに特売のナスも勧められたのでそれも貰うことにして、小銭を渡して袋の中のカラフルな野菜たちを覗き込んで幸せな気持ちになる。今日はナスのおひたしにするのもいいかもしれない。
「あとで薬局にも行こう。トイレットペーパーあとちょっとしかないや。」
「あっぶね、そうだったな。かなりの死活問題だわ。」
 買い物に行く前に家の中のものを見てリストアップしようと思うのに、なんだかんだ忘れてしまってお互いの記憶を頼りに買い物するのが毎回のお決まりになっている。他にないかと頑張って思い出していると、横をランドセルを背負った男の子と女の子が笑いながら走り去っていった。後ろからはお母さんと思われる人がコケるよー!と叫んでいるけど、二人はそんな事お構いなしに笑ってる。これが漫画ならきっとフラグでコケちゃうんじゃないだろうかとハラハラしたけれど、私が思っている以上に子供は逞しいようであの小さな足でもしっかりと地面を踏み込んで怪我をする事なく走り去っていってしまった。
「元気だねぇ。私あんなに走れないや。」
「何言ってんだよ、普段走り回って戦ってんだろ。」
「それはそうだけどさ。任務以外だと走れないもん。」
「まぁ、わからなくもねぇな。」
 戦闘中だとがむしゃらに動いているけど、もうあんな風に純粋に日常生活で一生懸命全力投球するほど体力というより気力がなくて、そう呟くと篤也も言いたいことがわかったようで渋い顔をしていて思わず苦笑いしてしまった。
「…お、ちょっと寄っていいか?」
「うん、いいよー」
 ふと魚屋さんの前に立ち止まると、篤也が指差すので頷いて見せればそのまま中に入っていった。下町らしい小さな魚屋さんは今日仕入れてきた魚たちが発泡スチロールの箱に入ったままの状態で沢山並べられている。それを一つ一つ覗き込みながら、時々店員のおじちゃんと話している姿を外から眺めていた。篤也は釣りが好きだから、この魚屋さんが商店街の中で一番好きなお店みたいだ。
『今日何時に帰ってくる?』
 時々、篤也が休みで私が仕事の日にこうやって連絡が来る時がある。いつもなら私が何時に帰ってくるかなんてそんなに気にしないくせに、こうやって連絡が来た日は決まって魚屋さんでいいものが買えた日だ。そんな日はお酒を買って帰れば、篤也専用の包丁で魚を捌いて刺身や煮物など作って待っていてくれる。ちゃんと使わなかった部位や殻などを煮て汁物を作っているから流石だと毎回思う。だから、我が家だと魚料理は篤也が専門なのだ。思い耽っていると、ビニール袋を持って篤也が出てきたので壁にもたれていた体を起こして駆け寄った。
「何買ったの?」
「ホタテ。夕方だから五枚で500円でいいだとよ。」
「いいねぇ。刺身?焼く?」
「今日は刺身で行くか。」
 私が隣に立つと自ら袋を開いて中身を見せてくれる。カラカラと中のホタテの貝殻がぶつかり合う音が聞こえて、帆立から篤也に視線をやれば心なしか楽しそうな少年みたいな目をしている。私は特に趣味とかはないから、こうやって好きなものがあるのはとても羨ましいと素直に思う。今日の献立が決まってきて、あと買うものを考えながら歩いていると篤也が私の手元の袋も自分のものと纏めて持ってくれた。
「…ねぇ、手繋ごうよ。」
「暑くねぇか?」
「もー、ロマンがないなぁ。だから生徒たちにも舐められるんだよー」
「ウルセェな、それとこれは絶対関係ねぇだろ」
 

- 21 -


TOP