5話 天気は晴れ。合コン日和でしょう
「そういえば来週合コン行ってくるから。」
そうやってパウリーに宣言したものの、その日が近付くにつれて気持ちは少しずつ憂鬱になってきた。
髪を伸ばしてから、ドックの前に出待ちしている女の子達から声をかけられる事が格段と増えた。職長の彼らほどではないが、一応船大工として街のみんなには有難いことに名前を覚えていただいてる。少ない女性職人だから尚更だろう。
『どうしたんですか!?』
『お姉様、素敵です!!』
なんてキャーキャー言ってくれるから、何気なく失恋したからイメチェンしちゃった〜良い人いたら紹介してね。と言葉を返した途端、彼女達の目の色が変わった。自分の兄弟や身内を紹介してくれる子、合コンを開くから是非とも参加してください!と意気込んでくれる子。…まぁ多分、あわよくばその合コンに人気のカクくんやルッチさんが来ないかなーとか、その縁で紹介してくれないかなーとかお嬢さん方は思ってるんだろうけど。
結局あれよあれよと次の休みに合コンをセッティングしてくれて、最初は有難いなと思っていたけどそういう男女の会話なんて久方ぶりなので近付くにつれて不安の方が増していった。
“大体な!職場恋愛なんて浮かれたもんするワケねぇだろ!!“
出掛けるためにパフでファンデーションを塗っている最中に、ふとパウリーのこの間の台詞を思い出して手が止まる。たまたま通りかかって聞こえてきたから何でいきなりパウリーがそんな事言い始めのかわからないけど、まぁカクくんが気まずそうな顔をしていたし多分揶揄われてそう返したんだろう。別に、いいけど。パウリーと付き合えるなんて、無理だと思ってたし。ただ好きだって気持ちが溢れて苦しかったから伝えたかっただけ。
だけどこの間喧嘩した時から、彼から発せられた言葉の一つ一つが胸の奥に棘のように刺さってチクチクとずっと体を蝕んでいる。メイクを再開しようと鏡を覗き込むと、写っている私の顔は心底不幸せそうで酷い顔をしている。
「…よっし!パウリーとカクくんの鼻折るくらい良い男見つけてやる!」
胸の痛みも悲しみも全部誤魔化すように、両手で頬をパンッと叩いて拳を大きく上に上げて意志を固める。
面倒くさいとか億劫とか、そういう事を思ってしまったらダメだ!
職場以外で出会いを見つけるなら、まずその出会いの場に行かなきゃ始まらない!
そうやって自分に言い聞かせるように意気込んで、じんじんと熱がじんわりと込み上げる頬にファンデーションを叩きつける。大きめのラメの入ったアイシャドウに普段付けないマスカラを塗って、お気に入りのリップで唇を丁寧に彩ると鏡の中の私は随分と凛々しい顔になってきていた。
◇◆◇
「お休みの日は何をされてるんですか?」
「休みの日、は、何してるかな…。読みたい本を読んだり…あ、最近は船体構造の図面集めが楽しくて」
「へえ〜!凄いですね!お仕事で使われるんですか?」
「まあ、そうですね。参考になったりします。」
わぁ〜と目の前に座ってる男性陣も、隣に座る女の子達も私の言うことに興味深そうに頷いてくれる。でもそんなに楽しい事を言えている気持ちはしなくて、苦笑いを溢してしまった。
今日は中心街の洒落たピザ屋さんで合コンが開催された。私合わせて女性4人、男性も4人。男女が向かい合って趣味の話や休日の過ごし方、自分の仕事の話や好きなもの嫌いなものなど、色々なプロフィール紹介をするのは初めての経験で上手く慣れない。みんなすご〜いとか言ってくれるけど、私の苦し紛れの回答がこの場に合っているかだなんて全くわからなくて、とりあえず飲み慣れない赤ワインに何度も口付けて誤魔化した。
「やっぱり、女性なのに船大工の仕事頑張ってて本当に凄いですね!」
私の目の前に座っている眼鏡の男性は、感心したようなそう言って笑う。それに賛同するようにみんなが流石ガレーラカンパニー!など口を揃えて言ってくれるが、どうしても一言が引っかかって笑顔がピクリと固まってしまった。
――女性“なのに”。
言われ慣れた言葉。でも、そのたびに心のどこかが擦れていく。
「凄いですね」と言ってくれているし、彼なりの最大の褒め言葉のはずは重々わかっている。だけど、まるで珍しいものを見たような彼らの反応と、その視線が酷くむず痒くてやっぱり落ち着かなかった。
ピザも食べ終わったタイミングでコースのデザートでケーキが届いて、女の子達が可愛い〜!とはしゃいで甘い声をあげる。確かに美味しそうだし綺麗に作っているなとパティシエさんの技術に関心はするが、可愛い…?と疑問になってしまったその場に合わせて何となく笑っておいた。デザートタイムとみんなワインから紅茶へシフトチェンジしてしまい、手持ち無沙汰になって小さく息を吐き出した。
「あの、ちなみに二次会は来られますか…?」
「え?あぁ……ごめんなさい、明日仕事早くて…」
「そうですか…」
ケーキを食べるためにフォークを持った瞬間、目の前の眼鏡の青年が声をかけてくれる。昼過ぎに集まってから食事をして、これを食べ終わってあと少し雑談する頃には夕方になっているだろう。合コンって早めの時間から開催なんだなーとしか思っていたけど、成程、喋り足りない人は2件目3件目と飲み屋などにハシゴするからこんな風になってるのかと納得する。
眼鏡の奥で光る目は、どこか期待の眼差しをしているのが感じ取れた。しかし私が苦笑いして首を振ると、残念そうに目を伏せる。
「えぇ〜!もっとガレーラのお話聞きたいですぅ!」
「ふふ、ありがとう。またガレーラに遊びに来てね。」
頬を膨らませる女の子に言葉を返したが、来ないとなるとすぐに目の前の男性陣にギラギラと視線を戻しシフトチェンジするのでこういう場の主導権は女性陣だなと痛感する。
この後どうするかと相談している会話を聞き流しながらケーキを一口頬張る。バタークリームで可愛らしくリボンの装飾を作っており、中にはバナナが入っていた。自分も細かい作業は好きだけど、こんな繊細で柔らかいケーキ作りはもっと大変なんだろうなと尊敬する。確かに、リボンは可愛いのかも。崩すのを惜しく思いながら、技術に感謝しながらフォークで掬い取った。
甘い口の中にストレートティーを流し込み、顔を上げて周囲を見渡す。今日合コンに集められた男たちはみんな揃って爽やかで、真面目そうで、清潔感のある青年達だ。開催前に女の子達に好みは!?って詰め寄られた時にパウリーと真逆な事を答えれば、こうもまぁ素敵なメンツを揃えてくださった。ぼけーと眺めていると、視線に気付いたのか向かいの眼鏡の青年と目が合う。私と目が合うと少し照れくさそうに目を伏せて眼鏡の位置を整えている。彼も確かに顔立ちは整っているし優しそうだし、眉間に皺を寄せる事なんて一度もなく笑って気配りも出来る。だけど、
「…、なんかなぁ…」
ボソリと漏らした言葉は、眼鏡の彼も忙しそうに2件目の事を話し込んでいるみんなにも幸いにも届かなかったようで聞き返される事はなく助かった。そう、なんか違う。ついついそう思ってしまう自分に、苦笑いが溢れた。
勿論、彼らが悪いワケじゃない。寧ろこの数時間喋っていて良い人達なのはとても伝わってきた。でも、綺麗な指先でワイングラスを持っている姿や、ピザを取ったり取り分けたりするだけでも真っ白なシャツの袖をまくるその仕草を見ていると、どうしても頭によぎってしまうのだ。
『そんな腕と綺麗な指先で、ロープ握れるの?』
『そんな服すぐ泥と木屑で汚れちゃうよ』
『雨に濡れても気にせずデカい口で笑っていられる?』
ついついそんな考えが出てきてしまって自分に呆れる。彼らの職種ではそんな機会は皆無だし必要ないとわかっているのに、ほんの一瞬、ポンっと誰かさんのせいでそんな思考が浮かんでくる。これに関しては自分が男臭い職場の野郎どもに慣れ過ぎているせいと、彼らと真逆の誰かさんを忘れきれてない自分が完全に悪いなと1人で笑ってしまった。
◇◆◇
「はぁー……疲れたぁ……」
惜しまれながら皆と別れて自分の歩き慣れた路地に出ると、知らない相手への対話や慣れない空気の中で張っていた背筋がじわじわと緩んできて、ドッと疲れが込み上げてきた。気疲れなのもあるし、何より今日は普段履かない靴を履いてるからかもしれない。
今日は合コンだし、誘ってくれた子達に恥をかかせないように一応それなりに気を使ってきた。伸びてからただ結んでばかりいる髪はさらりと下ろしてストレートスタイル。トップスは胸元の開きすぎていない白のタンクトップに、下は黒のタイト気味の膝下スカート。さり気なくスリットが入っているからデザインがお気に入りだ。いつもは安全第一の厚底ブーツな足元は、この間買ったローヒールのパンプスだ。そういう類ものを初めて買ってみたけど案外歩きやすくて、これで良かったと今日改めて思った。
「…これ、どうしようかな。」
手元には電電虫のダイヤル番号が書かれた紙が一枚あって、チラリと見下ろす度につい溜息を漏らしてしまう。最後お店を出て私と他の彼らで二手に分かれる際に、向かいの眼鏡の青年から連絡先を渡された。合コンで連絡先を渡されるのはそれでこそ大成功で報酬報告を出来るんだとはわかっている。しかし私から出るのは勝利の微笑みでなく憂鬱の溜息だけなので、セッティングしてくれた女の子にも眼鏡の彼にも申し訳ないがきっと2回目会うのはないのだろう。
…それにしても、今回の合コンは大変社会勉強になったなぁとしみじみしながらメモを何折もして畳んでカバンの中に押し込んで息を吐き出す。
「…一杯飲みに行こっかな。」
時計を見ると良い頃合いの夕方で、建物の合間から夕陽が沈みかけているのがわかる。今から直接家に帰れば、ゆっくり湯船に浸かって読めずにずっとベッドサイドに積み上げている本を一冊は消費できるかもしれない。でもなんとなく今日は帰る気になれなくて、つい足は自然とブルーノの酒場へと向かっていた。
「こんばんはー」
「あァ、いらっしゃい」
錆びた木の扉を押して中に入れば、薄暗い店内にワイワイと聞こえる低い笑い声と、グラスがぶつかる音が響いている。先程までいたオシャレなピザ屋さんよりも、この店のこの雰囲気がやっぱり好きだと心底安心して肩の力が抜けた。
いつもの様にブルーノさんがいるカウンターに行こうと人の賑わいを掻き分けて歩いていると、奥の小さな丸テーブルに見知った上半身が突っ伏すしているのが見えて思わず足を止めてしまった。
「…パウリー?何してんの?今日休み?」
全く動かないし寝てるのかな?と思いながら恐る恐る声をかけると、ピクリと肩が震えたと思ったらそのまま勢いよく起き上がった。本当に寝かけていたのか、それとも酔いが回っているせいか虚な目は私を捉えて動かない。額の上で傾いてズレているゴーグルを直してやるべきかと手を伸ばした瞬間、指先がゴーグルの淵に届く前に手首を掴まれてしまい宙を彷徨ってしまった。
「…あ?お前……合コン、行ったんじゃねェのかよ」
「あ、うん。行った…けど。なんか……微妙だった。」
そういえば、パウリーの体温を感じるのは久しぶりだ。告白してからもう好きなのを辞めて普通の同僚として徹しようとしたが、怒ってしまったり気まずくなってしまってばかりだった。この間のことを謝るべきかと悩むが、目の前の彼は相当酔っ払ってそうだから今でいいのかも悩ましい。触れ合っている事を意識するとどうしても鼓動が早まって、掴まれた手首からトクトクと脈がバレてしまいそうだった。誤魔化すために手を無駄にグーパーとしてみていると、作戦通りパウリーが手首を離してくれてほっと息を吐いた。
私が此処にいる事が不思議で仕方なさそうなパウリーに、言葉を濁しながら素直に答える。すると虚だった目がちょっとだけ大きく開いて、すぐに頬を緩ませ笑った。少し安心したような、くしゃっとした――ほんの一瞬、心の底からこぼれたみたいな笑顔で、胸の奥がふいにキュッと鳴る。
「ほらな!やっぱり外の筋が通ってねェへにょへにょしたモヤシ野郎なんてダメなんだよ!ほら、仕方ねェから今日は奢ってやる!」
「…それより、ツケをブルーノさんに払ってやんなよ。」
ガハハとデカい口開けながら高らかに笑うパウリーは、自分の向かいの席をバシバシと叩きながらブルーノさんに自分の酒と私の酒を注文してくれる。ばか、いい男を見つけられなかったのはアンタのせいよ、って言ってやりたいが癪なので飲み込んだ。そんなのも知らない呑気なパウリーを見下ろして、私の分の会計を払う余裕なんてない癖にと呆れながらも仕方なく誘われるまま腰掛けた。
「飯は?食ったか?」
「うん。ピザ食べてきた。」
「ンなので腹に溜まるかァ?ほら、水水肉頼んでいいぞ」
「パウリーと違って私の胃はそんなにデカくないから平気だよ。それよりナッツとかオリーブとかおつまみ頼んで。なんか今日はお酒飲みたい気分。」
「いいな!付き合ってやるよ!」
相変わらず主食を頼む男だなと呆れながらも、ニカッと歯を見せて笑うパウリーを見ていると肩の力が抜けてくる。今日の合コンメンツではきっと私が1番ワインを飲んでいたけれど、緊張してたのか全然酔えなかった。ブルーノさんが二つのビールジョッキを持ってきてくれて、パウリーが高く掲げるもんだから端から泡が溢れて机が少し濡れてしまった。もう既に出来上がっているパウリーはそんな事なんか気付いていなくて、呆れながらも私も同じ高さに掲げてカンッとグラスをぶつけ乾杯する。
ああ、やっぱり私、パウリーじゃないとダメみたい。
今日此処にきたのも、無意識に頭のどこかでパウリーに会いたかったのかもしれない。
あんなにもう諦めるって息巻いて、他の人で穴埋めして忘れようとしたけど、やっぱり無理みたいだ。パウリーが好きって気持ちを残念ながら再確認したけど、でも折角こうやって関わり合える様になったんだ。今度こそ前みたいに酔った勢いで溢れてしまわないように、感情も飲み込むためにビールを一気に喉奥へと流し込んだ。
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