あぁ、愛しのマイヒーロー
最近すこぶる調子がいい。今までの金曜日のラジオに日曜日の楽しみがプラスされて、仕事だってバリバリ頑張れてそのお陰か効率が上がり残業なしで最近帰れているし、トーストや卵焼きだって焦げないで綺麗に作れちゃう。肌のお手入れもより一層力を入れて頑張り始めたから肌荒れしなくなってきたし、何より、大好きな人がいる。
そう、関係性もきっと、私の思い過ごしや自惚れでなければ、まさしく良好と自信持って言えるはずだった。
『プレゼント・マイク !人気グラドルKと熱愛報道!!』
朝のニュースキャスターが嬉しそうに取り上げているニュースを見て、歯ブラシが口から悲しく床へと落ちたが暫くは拾えなかった。
「……おはよ。」
「あ、先輩。お、はようございます」
コソコソと雑談していた後輩と同期が、私の地を這うような挨拶で勢いよく顔を上げて口元がヒクついてぎこちない笑顔で挨拶を返してくれた。今、3人の手の中で隠された週刊誌の表紙の内容は、出勤までに駅やコンビニで嫌と言うほと見かけたモノなのですぐにその様子の原因だとわかる。気付いていないふりをしながらも、重たい溜息を吐き出してしまい椅子に腰掛ける。すると目の前からいきなりプリンがひょっこりと現れた。
「これ、良かったら食べな?」
「う…せんぱぁい!」
まるで錆び付いて動かないロボットのようにゆっくりとした動きで目の前の手の先を追って顔を上げると、困ったように笑いながらプリンをデスクに置いてくれる先輩がいた。あぁ、こんなに気を遣わせる程に私は社内にプレゼントマイクが好きって言いふらしてたっけ?と今更思ったけれど、その為に彼の姿を想像するだけで今朝から耐えていた涙が一気に溢れ出した。
「よーしよしよし。私の胸に包み込まれて泣きなさい」
「うぅ…包み込まれない…」
「あ?窒息死させてやろうか?」
先輩が抱きしめてくれたが、正直言って彼女は胸はない方なので細い腰にしがみついて顔を胸元にグリグリと押し付けてる。そんな事をしていると先輩から意外と本気めに首を締め上げられて苦しかった。耐えていた涙を流せたお陰か、少し落ち着いて周りの人と戯れているとやっと笑う事が出来て気が紛れる事ができた。
そうこうしている内に業務時間になり、肩を何人かに叩かれながら仕事に戻る。なんたって社会人。たかが大好きなヒーローに熱愛報道が出たくらいで支障が出てしまえばたまったもんじゃない。泣いたせいでじんわりと熱い目元でぼんやりと自分のタイピングで打ち込まれていく文字を眺める。ただの、ヒーローのままだったらこんなにも苦しくなかったかもしれない。今更考えても仕方ない事を考えてると、デスクに置いてある携帯が震えた。
『今日話せないか?』
朝から、何回か通知が来ている。見てしまうと絶対泣いてしまうから見ないフリをしていたが、その名前が表示される度に胸が苦しくなる。朝よりも冷静になれたので、深く深呼吸してやっと溜まったメッセージを開いた。今更何を話すというのだろうか。だって、ニュースではお泊りデートと取り上げられていた。私だって、お泊りなんてしたことないのにと一瞬でも傲慢な考えをした自分に呆れて笑ってしまった。そもそも、土俵なんて全く違うのに何を思い上がってたんだろう。
「恋って、こんなに苦しかったっけ」
ぽつりと呟いた言葉も忙しいデスクでは拾われることないまま溶けていく。これ以上考えたらまた泣いてしまう気がして、もう通知が来ないようにと電源を落としてとりあえず仕事に励むことにした。
「…プリン、美味しい」
残業も終わって、先輩に貰ったプリンを頬張ると少しだけぬるいが甘い味が広がってくる。今日は上の空になることが多くて、思ったより時間がかかってしまいもう会社には私1人になってしまった。ふと、そういえば電源を落としっぱな事に気付いて深呼吸して電源ボタンを静かに押して再起動させる。
「…うわ。」
電源がついて、いつもの見慣れた待ち受け画面になると少し遅れてからメッセージの通知を知らせる数字がポコポコと増えていく。思わずビクついてしまって一人で声が漏れてしまった。恐る恐る、開くとやはり同じ人物からで、こんな時だけど心は正直でぎゅーっと苦しくなる。
『おはよ。今何してる?』
『今日話せないか?』
『どうしても話したい事があって、』
『本当、ごめん』
「…ごめんって、どういう意味よ」
何時間かおきに、届いてるメッセージ。多分、昼休みの時間帯か夕方の時間にも不在着信も入ってる。どういう意味のごめんなんだろう。しつこく連絡してごめん?それとも、彼女が出来たからのごめん?期待させて、ごめん?
ぐるぐると思考が纏まる事はなくて、返事する元気もなく携帯を閉じた。もう少し、自分で色々考えて心を落ち着かせてから返事をしよう。じゃないと、今だと感情が昂って何か変な事を口走ってしまうかもしれない。何だか今日はドッと疲れて、パソコンの電源を落として身の回りの片付けをし立ち上がる。もう時間はあっという間に9時を過ぎており、流石にもう外は真っ暗だ。
「はぁーーーーー」
何度目かわからない溜息を吐き出しながら、周りを見渡すとまだ今週が始まったばかりなのに飲み屋から楽しそうに出てくる人達もいる。このドロドロした気持ちも、溜息と一緒に出て行ってくれればいいのに。あぁ、あのグラドル可愛いし性格も良さそうだし、おっぱい大きいし最高だろうな。女の私だって、あんな子が相手ならデレデレしてしまう。ひざしさんは、あのいつもの優しい笑顔で、彼女にも同じように触れてるのかな。脳裏に光景を想像してしまうだけで、またじわりと目尻が熱くなり視界が歪んでいった。
「美味そうな、匂いがするなァ」
ふと、耳元で声がした。生暖かい感触がぬるりと頬に這って涙を絡め取られる。一瞬の出来事だが、ぞわりと肌が栗肌たち足がまるで私のものじゃないみたいに力が抜けてその場から動けなくなる。
「不幸の味だァ…!」
楽しそうに笑った声の主が、そのまま私の腕を強い力で掴んで脇にあった小道に押し込まれた。壁に肩を押し付けられると、ズクリと一歩遅れて痛みが走り思わずウッと短く声が漏れる。改めて正面から向き合う形になって、目の前の人物と視線が絡まり合った。暗闇の中に爛々と光その瞳は狂気を孕んでいて、明らかに普通の人じゃない。
「ほら、もっと泣いてみろよォ!」
恐怖で、喉が張り付いたように声が出ない。目の前の元凶は私が泣き叫ばない様子がつまらないのか、笑いながら拳を振り上げてくる。本当、最悪だ。今朝までラッキーハッピーガールだったのに。占いだって一位だったのに。震えた指先は一本も自分の意思では動かせなくて、ただ耐えるために強く目を瞑った。
「ぐえっ!」
いつまでたっても衝撃がこない代わりに、カエルが潰れたような呻き声と同時に押さえつけられていた圧迫感から解放された。今まで息をするのを忘れていたのか、肺に一気に酸素が肺に入ってきて思わず咽せてしまう。何事か突然の出来事で脳内が追いつかずによくわからなくて、咳き込むのが収まってからあたりを見渡すと私真横に襲っていた男が何やら白いものでぐるぐる巻きになって倒れて転がっていた。
「大丈夫か?」
声がして、白い布の先を辿ると髪の毛を逆立てた真っ黒い人が立っている。金のゴーグルの下からは、赤い瞳がゆらりと揺れているのが見えてこちらに言葉を投げかけてくれた。見たことない人だけど、多分ヒーローなんだと思う。あぁ、せっかく助けてもらったのに、どうしてもヒーローのあの人は来てくれないのかと想いが捨てきれない私を一緒に倒してほしいくらいだ。
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