路地裏のブルース
私が地面に座り込んでいる間に、真っ黒いヒーローさんはさっさと警察に通報して敵を引き渡してと無駄のない動きで仕事をこなしていた。一応被害者として警察に経緯を話してからはただ座り込んで呆けてその様子を眺めていると、彼はひと段落したのか私に向き直り目線を合わせるようにしゃがみこんだ。さっきの赤い瞳はもう光を灯していなくて、どこか気怠げで眠そうだ。
「大丈夫か、お嬢さん」
無精髭も生えてるし髪の毛もボサボサだし、正直ヒーローっぽくない見た目の人だ。でも、助けてくれたのだとその一言で実感が今更湧いてきて、ボロリとさっき以上の大粒の涙が零れ落ちてしまい目の前の彼がギョッとした。
「うぇ、ぐ…っ」
「…とりあえず、警察まで届ける」
大人気なく嗚咽を漏らして泣いている私の手を引こうとする彼の手を振り払って首を振る。恐怖と一緒に、今日一日モヤモヤしてた気持ちが音を立てて崩れて落ちてく気がした。大人になったから、無意識に自分が思っているよりも一応セーブしてたんだなと頭の片隅で思った。
「それじゃ、病院いくか?」
そんな様子の私に提案してくれるが、生憎私は警察も病院も今求めてないので、駄々っ子のようにまた首を振る。その反応にじゃあどうすればいいんだと言わんばかりに彼が顔を歪める。嫌な感情を隠さないし、本当この人はつくづくヒーローっぽくない。
「ヒック…何でこんな目にあってんのよぉ!最近、調子よかったのに!」
ヤケクソになって、感情のまま声を上げると自分が思っている以上に大きな声が出た。もう警察は退散していて、静かな夜の街にただただ私の声だけが響く。ヒーローは、ただただ小さな瞳を大きく開いてる。
「不幸の味とか、ウルサイのよ!たかが失恋したくらいよ、バーーカ!」
あぁ、近所迷惑ですみません。でも、一度溢れた思いはボロボロと勝手に零れ落ちるから許して欲しい。そうだ、たかが失恋しただけだ。私が勝手に恋心を抱いていただけ。捨てられたとかじゃなくて、ただ片想いが実らなかっただけだから、世間ではよくある事だ。
「じゃあ、何であんなに優しくしたのよぉ…」
でも、どうしてもあの優しい笑顔が忘れられない。撫でてくれる暖かい体温が、普段とは違う柔らかい声色が彼がそこにいたのだと思い出してしまう。また溢れそうになる涙をメイクなんかもう気にせずにゴシゴシと拭って、目の前の彼の白い布ごと洋服を掴み上げた。
「信じられます!?自分で言うのもなんですけど、ラブラブっぽかったんですよ?」
「あ、あぁ…」
「ごめんって、何!『期待させちゃってごめん』ってやつ!?良い男気取りか!」
「そうだな…」
「まぁ!良い男なんだけどね!実際!!ちょーかっこいいし素敵だし色気あるし綺麗だしもう私にないもの全部持ってる!」
嫌いになりたいけど、嫌いになれない。だって、それくらい今でも好きなのだ。ガクガクと彼の胸ぐらを揺らしながら叫ぶと、困惑した様子のヒーローが感情がこもってない声で相槌を打ってくれる。
「…好きだったんです、ずっと」
泣いて、叫んでやっと落ち着いてきた。呟いて、胸ぐらを掴んだ手を緩めるとそれを見逃さずに手を払われた。そのまま彼から頭を掴まれて、強い力で掴まれる。い、痛い!ギチギチと頭蓋骨に彼の指が食い込んで骨が悲鳴をあげるのが聞こえる気がする。
「落ち着いたか?」
「はい!すみませんでした!」
助けた、しかも女性に普通こんなことするのか。いや、私も初対面の助けてくれた男性の胸ぐら掴んで怒鳴ったけど。勢いよく謝ると、深い溜息を吐き出して意外とすんなりと離してくれた。まだズキズキと奥が痛む頭を抑えながら様子を伺うと、彼はそこから離れる事はなく私の横に腰掛けてくれた。
「ごめんさない、お兄さん。お仕事中なのに」
「あぁ、全くだ。」
面倒くさい様子を隠すことなく、また溜息を吐く。口や態度ではこんなことを言っているけれど、彼は本気を出せばいつだって振り払えるのに、手加減して私にされるがままにされていたんだろう。案外、優しい人なのかもしれない。鼻を啜っていると、何かを探す素振りを見せてからくしゃくしゃになった駅前でよく配っている広告のポケットティッシュを差し出してくれた。有り難く一枚受け取ろうとしたら、全部やると押し付けられた。
「面倒見いいんですね」
「…問題児がたくさんいるからな。慣れてる。」
小汚くて、無愛想で笑顔はないけど、どこか遠い目をしながら呟くその時はどこか優しい顔をしていて、やっぱりヒーローなんだと感じた。特に、何をするわけではないけど、ほとんど私がポツリポツリと大好きな彼の話を話していると、やる気はなさそうだが一応相槌を返してくれる。誰にも言った事がなかった出来事や私の思いをただただ話していて暫くすると、彼の携帯のバイブ音が鳴り響いた。ディスプレイを見ると嫌そうな顔をして、出てくれと目線で伝えればしぶしぶ通話ボタンを押す。しかし相手側の声が大きかったのか、すぐに耳から距離を話していた。
「うるさい黙れ。…面倒なのに捕まってんだよ。あ?あぁ、店の通りの近くだ。」
私を目の前にして、面倒なのって言っちゃう辺りこの人らしい。思わず苦笑いしてしまうと、思ったより早く通話は終了されてつなぎのようなヒーローコスチューームのポケットに携帯をしまった。
「すみません、デートでしたか?」
「あ?」
折角デートなら悪かったなって思ったのに、ドスのきいた地の這うような低い声で睨まれて怯んでしまった。彼はまた何度目かわからない溜息を吐き出して、何か考える素振りを見せながらモサモサの癖っ毛をかくとそのまま私の髪の毛もかき乱さんばかりにぐしゃぐしゃと撫で回してきたので流石に驚いた。
「まぁ、何があったかしらねぇが、どうにでもなるだろ」
無愛想に、言い放たれた言葉に口がぽかんと開く。彼はそれだけ言ってそっぽを向いて立ち上がった。その様子に思わず吹き出すと、彼は不機嫌そうに振り返って見下ろしてきた。
「流石ヒーローですね」
「そりゃどーも」
素っ気なく言葉を返されちゃうけど、口元は彼も少し笑っている。なんだか、泣いたし叫んだし笑ったし、本当ドロドロがなくなって、逆にお腹が減ってきた。
「お兄さん、名前なんて言うんですか?」
「ん?あぁ、イレイザーヘッドだ。」
自分が巷のヒーローにあまり興味がなさすぎるせいかそのヒーロー名は初めて聞くもので、口の中でそれを呟いて転がしていると私の表情で何となく察したのかそんなに無理して覚えなくていいよ。と短く返された。今まで、プレゼントマイク一択でヒーローってものにそんなに興味なかったけど、案外ヒーローって悪くないのかもしれない。そう思いながらイレーザーヘッドから差し出された手を取って私も立ち上がった。
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