アイラブユーは届かない


朝から学校にもマスコミが押し寄せてきて、流石の俺もかなり滅入った。1日好奇心の塊の生徒達にまで質問攻めにされるし、職員室ではミッドナイトさんにいじられるし、何より携帯がいつまで経っても受信のサインを示さない。

「やっちまったな…」

休憩の合間に何回か電話してみるが不在で繋がらず、メッセージは夜になってやっと既読がついた。もう拒否設定されてるのかと思っていたのでそこには安心したが、返事は一向に来る様子はない。今日何度目かわからない溜息を吐き出す前にどうにか飲み込んで、椅子の背もたれに体重を乗せて天井を仰いだ。

「このまま、なのかねぇ…」

家は先日飲みに行った帰りに送り届けた事があるので知ってはいるが、流石に自宅訪問までいくとヒーローとしても人としてもやばそうだからどうしようもできない。モヤモヤとやりきれない気持ちになりながら時計を見ると、もう9時を余裕で回っていて今日の待ち人の番号を出し通話ボタンを押した。

「もしもし、イレイザー?もー待ちくたびれちまったんだけどー!」
『うるさい黙れ。…面倒なのに捕まってんだよ』

今日気分を変えたくて、しつこく飲みに誘ったら何かを察したのか珍しく承諾してくれた。なのに、タイミング悪く彼に要請が入り職員室を飛び出してしまい、かれこれ何時間か経つ。電話口に嘆くと、昔馴染みの同期は相変わらず機嫌悪そうだ。その様子ではそんなに大きな怪我をしている様子でもなくて、アイツの事だから事件解決して戻ってる最中に何か面倒ごとに巻き込まれたんだろう。

「何?マスコミ?いつも気付かれねぇのに珍しいな!で、どこいんの?」
『あ?あぁ、店の通りの近くだ。』

いつも飲みに行く店なら、ここからそう遠くない。どうにもその面倒なのから逃げられなさそうなお人好しを救うのと、ついでに少しからかってやろうかと思いながら電話を切った。いつもだとヒーロースーツのままだが、今日はマスコミ対策の為に事前にシャワールームで髪のセットを洗い流していて普段着に着替えて置いた。さらには念には念を重ねて、こっそりと裏口から学校を後にした。
共演したグラドルの子から、何度も飲みに行こうと誘われていた。この業界にいれば、それが本当の好意なのか売れたいが為のものかなんて簡単にわかってくる。あまりにも断り続けたので、もう逃げられなくてしぶしぶ普通に飯に行ったら送ってくれとせがまれて、面倒だったが線引きをして玄関先までタクシーで送り届けた。そしたら、これだ。ここまで内容を盛ってるのを見ると、恐らく彼女が名前を売る目的で記者でも張り込ませてたのだと思う。かといってその証拠もないので、とりあえずは否定を続けてほとぼりが冷めるまで待つしかない。
でも、彼女に誤解されたままなのは嫌だ。しかし、連絡がつかない。この無限ループで結局解決策は何もなくて、重たい足取りのまま歩いていると店の近くの路地に見慣れた真っ黒な姿が見える。声をかけようと右手をあげる途中で、アイツのではない笑った声が夜の喧騒の中でも確実に耳に届いて思わず動きが止まった。

「……え、?」

それは、間違いなく自分がいま焦がれて堪らない人で、全ての思考まで止まった気がした。ゆっくりと振り返る2人の姿はあまりにも見慣れない光景で、こんなに街が賑わっているのに消太の後ろにいる彼女が息を飲むのが伝わってくる。

「…なんだ、お前マイクと知り合いなのか?」
「あ、あぁ…はい…」

俺たちの関係性を知らない消太は、少し間をおいてから俺を指差しながら彼女に振り返る。小さな瞳でちらりを俺を見て、すぐに目線を逸らして彼女は歯切れが悪そうに小さく頷いた。

「え?なに?なんでお前と一緒にいるわけ?」

俺は、いくら会いたいと願っても会えなかったのに。ひくつく口元を隠すのに必死で出来るだけ平然を装いながら問いかけたが、付き合いの長い消太は俺の異変に気付いて怪しむように眉を寄せる。

「…こいつが敵に襲われてたから助けた」

予想してなかった言葉にどきりとして、思わず2人に駆け寄って距離を詰めた。でも、それに反して彼女は消太の背中に隠れてしまい、伸ばしかけた手が寸前で止まる。

「っ、大丈夫なのか!?」
「……はい」

ちらりと見えた小さな体はパッと見る限りでは大きな怪我をしてないようでとりあえず安堵する。でも、また前みたいに目や頬が赤くなっていて、彼女が泣いたのは伝わってきた。涙を拭ったのは、俺じゃなくて消太だったのかと思うと胸が痛むとともに行き場のない暗い感情が影を落とした。

「なぁ、俺ちゃんと話したいんだけど」
「…別に、話すことなんてないと思います。」

明らかに、拒絶の感情が言葉に乗ってくる。彼女の表情を覗き込みたいけれど、消太の服をぎゅっと掴んで背中に顔を押し付けて見ることさえできない。

「なんで、そんなこというんだ?」
「変な女に関わったら、彼女さんが変に誤解しちゃうと申し訳ないので。」
「だから、あれは誤解だって!」
「お泊りデートって書いてました。」

朝から溜まっていたその報道でのイライラと、彼女のあまりにも今までと違って冷たい声で返してくるので感情が高ぶって少し大きな声が出てしまう。全く話を聞いてくれる状態じゃなくて、苛立ちから舌打ちを漏らすと小さい肩が震えたのでやってしまったと後悔が押し寄せる。まるで頭から冷水をかけられたような感覚で、小さくごめんと呟いたが果たして彼女に声も気持ちも届いているだろうか。

「おい、お前ら、俺を挟むな」

すっかり忘れていたが、いつもよりドスの効いた声で目の前の消太が俺を睨みつける。昔馴染みだが、その威嚇した様子にまた別の意味で背筋が冷たくなって降参ポーズで両手を上げると、消太は後ろに手を回し彼女の首根っこを掴んだ。

「い、いやです!」
「離せ、こんな時間俺にとって無意味だろ」
「イレイザーさん置いていかないでくださいぃ!」

消太はそのまま引き剥がそうとするが、彼女は必死に消太の服にしがみついて首を振っている。ヒーローに、興味がなかった彼女から自分のよく知ってるヒーロー名を聞くことが面白くない。消太も本気を出せば女性の力など余裕に引き剥がせるだろうが、一応手加減をしてるのだろう。少し間をおいてから、とてもとても深い溜息を吐き出すと消太は手を離した。体力の差なのか、彼女は今の攻防に息切れして疲れ果てている。

「…俺がいれば話し合うんだな?」
「うぐっ……はい。」

しぶしぶと頷く彼女に、諦めたように消太が溜息をもう一度吐き出せばまた俺と向き直り睨まれ舌打ちされた。

「マイク、お前覚えてろよ」

奢りな、と呟いた消太が歩き出せば彼女が慌ててついていく。あぁ、くそ、この間まで彼女の横を歩いていたのは俺なのに、何であいつが歩いてるんだ。俺の方に要請が入っていれば、彼女のヒーローは今までも今も俺ただ1人だったのに。イライラと、もやもやと胸の中に渦巻く気持ちでただあいつらの背中を見つめて立ち尽くすしかなかった。

「なんだってんだよ…」

呟きが夜に溶けていくが、なにも解消されない。今の俺は、彼女へこの気持ちを伝える権利すら貰えないのか。色々は感情の行き場はどこにもなくて、ただただ飲み込んで俺は2人を追って約束の店にいくしかなかった。

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