指先から愛を込める
ボックス席で周りとは一応区切られているけれど、お店は活気があってみんなの笑い声や注文を受ける店員さんの声が響いている。楽しい空間のはずなのに、隣からピリピリとした気配が嫌でも滲み出ていて笑顔なんて浮かべられやしない。
「……ジントニック一つ。」
空になったグラスをカツンと音を立てて置いて、店員さんにおかわりを頼んでるイレイザーさんの威圧感が、圧倒的に強い。黙々と食べて飲んで言葉に出さないけど、早くしろともうオーラで語ってる。正面に座ってるひざしさんは難しい顔して俯き気味にちょびちょびとビールを飲んでるし、全く酔えない。
(誰でもいいから、助けてほしい…)
心の中で誰に向ける訳ではないが、とりあえず叫んでおいた。話すと言っても、何を言えばいいのかわからない。だって、私は別にファンなだけだし、片思いしてただけだから、彼に何かを言う権利なんてないのだ。
「……あのさ、」
自分の考えに自滅して勝手に落ち込んでいると、大好きな声に名前を呼ばれて思わず弾かれたように顔を上げてしまった。ひざしさんは私を真っ直ぐに見つめていて、でもその表情は苦しげで、それはまた初めて見る顔だった。
「本当ごめん。」
小さく頭を下げるひざしさんに、ズキリと胸の奥が痛んだ。
「あ……」
別にわかってたはずだ、こんな事くらい。笑って、大丈夫ですって。別に謝られる必要はないって平然と言わなきゃと思うけれど、喉奥がカラカラに乾いてて空いた口は言葉を何も発する事が出来ない。
「でも、本当に誤解だから。」
そんな気持ちを吹き飛ばすように、私を見てくるその瞳にまた別の意味で言葉を飲み込んだ。
「ずっと飯に誘われてて、流石に断り続けられないから食事には行った。でも、送り届けただけ。」
ひざしさんは張り詰めていた肩の力を抜くようにはぁーっと深い溜息を吐き出して、気まずそうに頭をかくと半分以上余っているグラスのビールを一気に全て飲み干した。口元を拭い呼吸を整えてから改めてこちらを見るエメラルドグリーンの瞳は、いつ見ても本当に綺麗だ。
「言い訳だって、信じられないかもしれないけど、キミだけには信じてほしい。」
今日一日私を蝕んでいたドロドロな気持ちは、彼の一言一言で何だったんだろうと馬鹿馬鹿しく思える位に簡単に溶けて剥がれ落ちていく。なんて単純なんだろう。いや、恋い焦がれてるからこそ、彼が唯一私の全てを揺さぶる存在なんだ。
「傷付けて、ごめんな。」
「いえ…私こそ、ごめんなさい。」
申し訳なさそうに眉寄せて、またひざしさんは頭を下げるので慌てて両手と首を振ってみせる。その顔はまだ苦しげで、心配かけまいとぎこちなく笑ってみせた。
「わざわざ、一ファンなだけの私に言ってくれるんだから、信じますよ。」
全て彼の為の感情なのだから、彼以外の言葉を信じてなんになるんだろう。なんたって、ボイスヒーロー様なんだから。私なりにフォローをしたのに、ピクリとひざしさんの眉が動く。絶妙な空気感になんだか目を合わせるのが気まずくなってしまい俯いて目を背けた。すると手元のお酒の水面に映る自分があまりにも情けない顔をして、誤魔化すように一気に喉に流し込んだ。
「…悲しかったのもあるし、なんだか少し寂しかったんです。あぁ、やっぱりひざしさん…プレゼントマイクは、住む世界が違うんだなぁって。」
私の恋なんてこの世界の中で本当ちっぽけなものなのに、今回みたいにひざしさんが誰かといるだけでたった一日であっという間にテレビや一面を騒がせる。ヒーローとしても教師としても、DJとしても活躍してるから知ってはいたけれど改めて私たちの差に気付いてしまった。あんなに泣いたのにまたじわりと目尻が熱くなってきて、溢れてしまわないように慌てて顔を上げた。
「知ってたはずなんですけどね!だって、私プレゼントマイクの大ファンなんですもん!」
心配かけまいと頑張って笑って見せるけど、きっとそれはかなり不恰好なんだろう。そんな私に対して、ひざしさんがあまりにも真剣な顔をして此方を見ていて思わず固まってしまった。
「俺は、プレゼントマイクとしてファンに言ってるんじゃなくて、山田ひざしとしてキミだから言ってるんだぜ」
真っ直ぐと、私を見つめるその瞳も、真面目な声色も、冗談で笑い飛ばすことも聞き流すことも出来なかった。あぁ、もう勘違いしないようにしようとしたのに。余計な期待はしないようにしていたのに。私の体と心は、彼の一つ一つで簡単に熱が込み上げてきて嬉しそうに鼓動を刻む。この人は本当にズルイ人だ。
「…ひざしさんは、本当私を喜ばせるのが上手だなぁ」
何だか自衛の為に色々考えていたけどそれは無駄な事に気付いて、そう思ったら張り詰めていた糸が切れたように肩の力が抜けふにゃりと口元が緩んでしまう。そうするとひざしさんも安堵したように息を細く吐いて、お互いに笑みが戻ってきた。
「………帰る。」
「え!?」
久々に聞いた低い声にハッとして横を向けば、うんざりとした顔のイレイザーさんが言った。しまった、感情が昂り過ぎて彼の存在を忘れたいた。イレイザーさんも私達がそんな調子なのを理解していて、じゃあな。と短く言い捨てて立ち上がろうと身を起こす。
「ちょ、ちょちょちょ!なんで帰るんですかイレイザーさん!?」
「いや、帰るだろ普通。なんで昔馴染みの砂糖吐きそうな会話聞かなきゃいけないんだ。話済んだしもういいだろ」
「いや、だって2人は飲みにきたんですよね!?なら、むしろ私が帰らなきゃいけない人間ですね!だから2人きりにしないでください!!」
「おい、本音しか出てねぇぞ」
聞かれていた事の気恥ずかしさと、また意識し始めるとひざしさんと2人きりなのがなんだか照れ臭くて、イレイザーさんの腰元に抱きついて体重をかけ立ち上がるの阻止させる。中腰の状態で捕まった彼は、絶妙な体制で踏ん張りながら心底嫌そうに私の頭を押し返してくる。その力は相変わらず加減はなくて、顔が反って首が悲鳴をあげていてとても痛い。まるで茶番のような私たちの格闘を見て、ひざしさんがパンっと両手を叩いた。
「じゃ、イレイザーも俺も今日は散々だったからお開きにするか!」
ひざしさんの言葉をキッカケに、店員さんにお会計を頼んであれよこれよであっという間に帰る準備が整っていく。私が荷物をまとめている内にひざしさんがイレイザーさん含め3人分の会計をカードで済ませてくれて、お金を渡そうと思ったけど笑顔で断られてしまった。
「あの、ご飯ありがとうございます。」
「いいって、事の発端は俺なんだし」
何となく、今までよりも気恥ずかしくて、目を見れずに小さく頭を下げてお礼を言うといつものように優しく頭を撫でられる。暖かい体温と手の感触に、あぁ、やっぱりこの感触だとストンと何かが胸に落ちてどこか心地よかった。
「おい、嫉妬振りまく前に送り届けてキッチリしてこい」
「ハァ!?」
お店を出ると、まだ街並みは賑わっていて静まることを知らない。室内が涼しかった分暑い外気にじんわりと汗が滲むようだった。相変わらず気怠そうな目をしたイレイザーさんがポンっとひざしさんの肩を叩くと、ビクリと体を震わせながらひざしさんが大きな声を出した。賑わった街並みの喧騒に負けないくらいの声量に思わず私も驚いてしまった。ひざしさんとイレイザーさんがそんな私に視線を移スノで、両手と顔を左右に振ってみせた。
「あの、私別にここで…」
「何言ってんだ、お前忘れたのか?さっきまで襲われてたんだぞ」
遅い時間なので申し訳ないと断ろうとしたが、その一言に先程までの楽しい気分になっていて忘れていた恐怖心がドッと押し寄せる。意識とは不思議なもので、ネオン輝く街中に潜む暗闇が急に怖くなってきて、手が小さく震えてきて空いている片手で握り締めた。いきなり黙り込んでしまうとそれを見抜いたイレイザーさんから小さくチョップされて、そしてポンポンと軽くだけ撫でられて彼はそのまま立ち去ってしまった。その背中を見送ってると、隣に立つひざしさんが、大きな手で私の手を包み込んでくれる。
「…じゃ、帰ろうか」
「…はい。」
冷たい指先が触れ合ってる部分からじわじわと熱が伝わってくる。あぁ、この繋いだ手からこの速まる鼓動も、燃えそうな熱も、私の想いも全部伝わって仕舞えば良いのに。いつの間にか震えも止まっていて、見上げると優しげに瞳を細めてるひざしさんがいる。この顔が一番好きだと思いながら、私は今日も彼の優しさに甘えて溺れてくのだ。
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